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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第二章:運命が紡ぐ未来

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43. 帰るべき場所へ

アナスタシアが選んだ「再起の試練」が、いま始まる――





――戻ってきたんだな。


石畳の廊下を歩く音でさえ、懐かしさを感じる。



王都の騎士団試験会場は、朝の光を受けて輝いて見えた。

すでに多くの受験者が集まっていて、アナスタシアが会場に姿を見せると周囲のどよめきが大きくなった。


「アナスタシア騎士団長だ。」

「なぜ、こんなところに?」


騎士として名を馳せていたのは事実だ。

そして、騎士団長であったことも、紅蓮龍討伐(アグニシル)を率いたことも――


――会場の雰囲気を壊してしまったか


妙なざわつきに居心地が悪くなる。

俯きそうになった視線の先に、数人の女性受験者の姿が目に入った。

帯剣し、緊張した面持ちであたりを見回している。


――なんだか、嬉しいな。


無意識にアナスタシアは目を細めた。

初めて入団試験場を訪れたときは、誰一人女性騎士はいなかった。

好奇の目に晒され、『異物』扱いされたことに多少なりとも腹を立てたことを鮮明に思い出す。


「女性が騎士になれる……そのチャンスが平等に与えられるようになるとはな。」


騎士団改正法案が陛下に承認されたからと言って、社会に受け入れられるかは微妙だった。女性のしあわせは家庭で夫を支え、子を産み育てることだと、まだまだそう信じられているからだ。


「アナスタシア・マーベル。」

「はい。」


名を呼ばれた瞬間に感情の空気が変わる。


「やっぱり、本物だ。」

紅蓮龍討伐(アグニシル)隊の団長……」


囁きが波紋のように広がっていく。


「第一試験を行う。」


その言葉に、ざわめきが一層大きくなる。


「本当に、入団試験を受けに来たというのか?」

「元騎士団長だぞ?」


アナスタシアは静かに息を吐いた。


――外野の言葉はいらない。今は、集中だ。



真っ直ぐ前を見据える。

騎士団に適応できるだけの基礎体力があるかを見極める三種の試験――長距離走、重量持久、障害突破。


「好きなものから始めてよい。」


試験官の言葉に軽く頷く。


重量持久、障害突破、長距離走の順に試験に挑む。

合格基準は基礎体力訓練についてこられること。つまり、時間内にこれらをこなせれば合格だ。


――身体が重い……


長距離走の後半になると、身体が悲鳴を上げ始めた。それでも、その痛みはアナスタシアを止めることはできない。奥歯をぎりっと噛みしめ、とにかく次の一歩を踏み出す。ゴールの瞬間、倒れそうになった身体を、膝に手をついて止める。大きく肩で息をして、試験官を見上げた。


「合格だ。」


その瞬間に、アナスタシアはほっと息をついた。



小休憩を挟み、続いて行われたのは体術試験だった。

受験者同士の個人戦のポイント制。勝敗ではなく、技術と判断力の評価に重きを置く、短時間の連戦形式。


――これは、五分という短い時間で、相手の力量を測りどんな攻防を見せるかが重要だ。

  体術と剣術……試験官の要望で戦闘方法が瞬時に代わるのも面白い。


体術試験の意図は完璧に把握している。騎士団長だった頃の訓練方法だ。


「お願いします。」


対峙した若い女性騎士は、一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐに顔つきが変わる。

合図とともに、相手が踏み込んでくる。


――その目の動きでは、次の攻撃が読まれてしまうよ。


渾身の一撃をさらりとかわし、相手が地面に落ちる。

静かに息を吐くと即座に試験官の声が響く。


「次!」


その声と同時にあらわれたのは、ジャックだった。

経験を考慮して、現役騎士の相手をさせられることになったらしい。


「遠慮はなしでいきますよ。」


合図と同時に重い一撃が放たれる。

受け止めた腕がしびれ、沈み込んだ膝を折り込んで、何とかその場に踏みとどまる。


「えげつない一撃だな。」


アナスタシアが苦笑いし、素早く首筋への一撃を放つ。


「それはこっちの台詞ですよ。」


その攻撃を辛うじてかわし、ジャックが後ろへ飛ぶ。

互いの次の手をシミュレーションしながら攻めあぐねているのか、どちらも踏み込まないままだ。


先に仕掛けたのはアナスタシアだった。


「はっ!」


ジャックの腰の下まで重心をずらすと、一気に足場を狙う。

それをかわしたジャックめがけて、反転したアナスタシアの左足が肩に蹴りこむ。

その足を掴まれ動きが止まったかのように見えたが、そのままアナスタシアは上半身を起こして首元に乗りかかろうとする。ジャックはそれを紙一重で避け、アナスタシアを手放す。


「続いて剣術試験、開始!」


攻撃を畳みかけようとするアナスタシアの動きを止めるように、五分経過の合図が放たれた。

アナスタシアは小刻みに震える身体を無理やり押しとどめ、冷静さを装う。



試験官の合図で、次にあらわれたのは剣を持った青年だった。

彼が投げつけた剣を受け取ると、合図が聞こえる。


「元騎士団長さまにお相手いただけるとは、光栄です。」

「わたしは一度現役を退いている。君と同じ入団試験生だよ。」

「遠慮はいりませんよ。」

「遠慮するつもりはないさ。」


剣捌きは早い。身体も柔らかく、攻撃に対する反応もいい。


――これは使えるな。


自然と目線が団長だった頃に戻る。


「しまっ……」


わずかに逸れた剣先に重心を奪われバランスを崩す。そこへすかさず剣が振り下ろされる。


カキン


ほぼ無意識に持ち上げた剣が、相手の剣を受け止めていた。


「これを止めるのかよ……」


青年の小さなつぶやきが聞こえた。


「交代!」


その声にかぶるように試験官の声が響いた。

攻撃を受けた腕は、わずかにしびれたままだ。

だが、それに気を取られるより早く、目の前に立った見覚えのある人物に息が止まる。


「ラルフ。」

「久しぶりに、お相手願いますよ。」


アナスタシアは驚きながらも、思わず笑みがこぼれる。


「本気でいくぞ。」

「当たり前っす。」


ラルフがにやりと笑って、切り込んでくる。


「相変わらず早いっすね。」


遠慮なく首筋に切り付けられた剣を、素早く捌く。


「お前も、相変わらず弱点を突くのが上手い。」


軽口をたたき合いながら、剣は恐ろしい速度で打ち合いを続ける。

その剣筋は上下左右へと自由に揺れ、まるで踊っているかのように見える。


「そこまで。」


合図とともに、アナスタシアが大きく空を仰いだ。


――やはり、体力不足だな。


これ以上の打ち合いになれば、確実にラルフに一打を許していただろう。

ふとラルフと目が合う。


――涼しげな顔が、なんだか憎らしいな。


現役騎士との差をまじまじと感じていた。



魔術適性があるものは、そのまま魔術試験となり、そうでないものは昼休憩となった。

アナスタシアは当然、魔術試験を受けることになっている。


――ここが正念場だな。


このテストでは、魔獣の生態に合わせた応用魔術戦が試される。


試験会場に放たれたのは、集団で攻撃を得意とする小型魔獣の一角ウサギ(ホーンラビット)の群れだ。

落ち着いた様子でアナスタシアが詠唱する。

かつての自分なら、迷わず『殲滅』を選び、力技で蹂躙しただろう。


――だが今回は、風魔法のつむじ風で群れを無力化する。


作戦としては問題なかった。けれど、わずかにズレたタイミングが捕縛位置をずらし一角ウサギ(ホーンラビット)が数匹、逃げだした。


「今のわたしには……これが精一杯か。」


すべての魔獣を討伐することはできず、つむじ風に巻き上げられた一角ウサギ(ホーンラビット)が、次々に地面に叩きつけられて気を失っていく。


――ここが戦場なら。


そう考えて、背中には冷たい汗が流れた。

だが、気絶した一角ウサギ(ホーンラビット)を見て、試験官は満足そうに頷いていた。


――試験の結果としては、及第点……か


アナスタシアは小さく肩をなでおろした。




「さぁて、最終試験ですよ。」


俯いたアナスタシアに気の抜けた声が届いて見上げると、そこにはカインが立っていた。

ゆるかった空気が一気にピンと張り詰める。


「アナスタシア・マーベル。貴殿のみ総合試験を行ってもらう。」


カインの言葉に、会場の緊張が高まる。


「騎士団の経験を考慮した上で、現役騎士相手にバディ戦だ。」


騎士志願者たちを前にしているというのに、力の抜けたいつもの調子でカインが笑う。

現役騎士団長の緩さをよそに、試験を終えた受験生たちが固唾をのんで次の展開を待つ。



すると――



「よう。」

「待ってたぜ。」


背後の声に振り向くと、エリックとフィルが立っている。


「お前たちが相手……だと?」


にこやかに微笑みながら、二人は確実に殺気を放っている。


「まさか、第三騎士団の部隊長たちが相手だって?」

「総合試験って、いったいどうなるんだよ。」


二人の現役騎士の鋭い睨みに、会場の空気が冷やりとなる。


「バディ戦……ならば、わたしの相棒(パートナー)は――」

「当然、俺だ。」


カインが当たり前のように笑った。


「マーベル騎士団長のパートナーはニコルソン騎士団長!?」

「『無敗の双剣』の戦いが見れるのか!?」


試験を終えた受験生たちが、予想外の展開に興奮しはじめる。


「お前の相棒(パートナー)は、誰にも譲らねぇよ。」


アナスタシアがカインに渡された剣を握る。

見つめ返す瞳には、はっきりとした覚悟が見えた。


――もう一度、カインの相棒(パートナー)として戦える。

  わたしは……帰るべき場所へ戻ってきたんだな。


最終試験だというのに、アナスタシアは嬉しさに震えていた。








以前のようには動けなくても、

アナスタシアは「今の全力」をぶつけていく。

現役騎士との差と自分の実力の限界。

そのすべてを受け止めたとき、試験は次の段階へ――


次回「カインの思惑、キースランの策略」

アナスタシアに思いを寄せる二人が、ついに動き出す。

二人の想いが交差し、物語はいよいよ佳境へ――


アナスタシアの隣に立つのは、果たしてどちらなのか――


お楽しみに!

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