42. 授与式、そしてリハビリ――ともに生きる覚悟の先に
騎士復帰を決意し、再び剣を手にしたアナスタシア。
王宮での授与式を経て、
懐かしい訓練場に戻った彼女を待っていたのは――
「お父さま、お母さま、そしてお兄さま。
わたしはもう一度、騎士を目指します。」
カインと二人、四阿から戻ってアナスタシアがそう告げると、応接室で待っていた家族が言葉を失った。静けさの中、アナスタシアは一度だけカインを見つめて頷くと、再び家族へと視線を送る。
父はアナスタシアを抱きしめ、母は涙し、兄は大きく頷いた。
「褒章授与式は二週間後だ。」
「はい。」
もう、アナスタシアの目に迷いはない。
「ドレスを新調するには時間がないわ。」
困り果てている母に向かって、アナスタシアが笑う。
「お母さま、わたしの正装は軍服です。」
真面目な顔でそう告げた。
「それでこそ、アナだな。」
その言葉に、兄が大きな声で笑いだした。
***
アナスタシアが最も苦手とする王宮の会議室より重厚な扉が目の前にそびえ立つ。
――記憶とは、厄介なものだな。
無謀な魔獣討伐を命じられた会議、或いはルーカスを亡くしたあとの軍事会議を思い出したのか、身体が無意識にこわばる。アナスタシアの戸惑いをよそに、扉が大きく開かれ、謁見の間に集まった貴族たちの好奇の目が一斉にアナスタシアを捕らえる。
「アナスタシア・マーベル、御前へ。」
コツコツと懐かしい制服のブーツの音を立てて、玉座に座る国王陛下の前で騎士の礼を尽くす。
「――アナスタシア・マーベル。紅蓮龍討伐での総指揮官としての功績を讃え、またその際に騎士団全員を守り抜いたその栄誉に、紅綬褒章を授与する。」
国王陛下の威厳に満ちた声が、謁見の間を満たしていく。
ざわめきよりも感嘆のため息が所々に落ちた。
「加えて、騎士団制度の改正案をここに認め、この者を女性騎士団長の第一人者とする。」
さすがにこの宣言には、大きなざわめきが起こった。
「アナスタシア・マーベル、汝の望みを聞かせよ。」
国王陛下からの直々の問いかけに、貴族たちは固唾をのんでアナスタシアを見つめる。
穏やかな声とは裏腹に、陛下の視線は、アナスタシアを見極めようとする冷静さを帯びていた。
カインは、静かにたたずむアナスタシアの横顔を見つめている。
「恐れながら申し上げます。」
膝をつき頭を垂れるアナスタシアの声は、下を向いているのにも関わらず会場に響いた。
「わたしはもう一度、騎士として最初からやり直したいと考えています。
新制度のもと、新たに騎士として自分の足で立つことをお許しください。」
その言葉に、会場の空気が一気に緊迫する。
「はははっ! 実に面白いことを言う!」
けれど、陛下は虚を突かれたように一瞬だけ驚いた表情をすると、大きな声で笑いだした。
「よかろう。その願い、聞き届けようぞ。」
そのやり取りに、貴族院のメンバーの数人がアナスタシアにあからさまな敵意を向ける。
その表情を視界にとらえると、陛下の視線が突き刺すように鋭くなる。
「だが、覚えておけ、これは『栄誉ある門出』であり、女性騎士の先駆者の再出発の瞬間だ。
この者を貶める者は、すなわち我の勅命に異を唱えるものと心せよ。」
高らかなこの宣言は、新制度の公布と女性騎士を自らが後押しするという陛下の公言となった――だが、同時にそこには、『冷ややかな沈黙』を守る貴族たちが確実に存在した。
***
授与式後、アナスタシアが真っ先に向かったのが訓練場だった。
かつての『日常』は少し姿を変えたようにも見える。
「よぉ!」
一瞬の戸惑いを感じ取ったかのように、懐かしい声がアナスタシアをあるべき場所へ呼び戻す。
フィル、ジャック、ラルフ、エリック――懐かしい同期の顔ぶれだ。
「辛気臭い顔してんなぁ。」
「付き合ってやるぜ。」
「相手は多い方がいいだろ?」
「早く来い!」
二度と会えないと思っていた同期の仲間たちの呼びかけに、少しだけ目頭が熱くなる。
「勘が鈍ったんじゃないか?」
カインに後ろからコツンと小突かれる。
「少しは遠慮しろっ。」
やり取りはすっかり以前の感覚だ。
アナスタシアの足取りは、自然と軽くなっていた。
――違う。
仲間に付き合ってもらって再開した訓練は、思った以上に深刻な状況だった。
――身体が……明らかに重いな。
「軽く走るだけだってのに、大丈夫か?」
エリックがからかい半分でアナスタシアの顔を覗き込む。
「……思った以上に……重いな。」
身体が鉛のようだ。
「焦ってもいいことなんかないぞ。」
カインの気の抜けた声がする。
顔をあげると、仲間たちと目があった。
心配でも、同情でもない――『確信』に満ちた『信頼』の眼差し。
――信じてくれているんだ。わたしが『できる』と……
もう一度、歯を食いしばって立ち上がる。
「できないことの方が多かったんだ。
最初からやり直す――そう決めたのは、わたしだ。」
そう呟くと、再び地面を蹴って走り出した。
***
「これじゃあ、確実に足手まといだぞ。」
ノルマを走り切ることができず、肩で大きく息をするアナスタシアにカインの厳しい一言が飛ぶ。
「入団試験、受かる気あるのか?」
あからさまな挑発に、言い返す気力さえ残っていない。
――程遠いな。
体力づくりさえままならないというのに、魔法に関してはもっと厄介な案件となっていた。防御魔法を発動し、紅蓮龍の"最後の息吹"を受けたとき、あの死の炎は確実にアナスタシアの生命を削った。強引な防護障壁の全展開で魔力限界を超えた。その代償は――魔力回路の損傷――回復魔法と治療魔法を夜通しかけてなお、修復できないほどの大損傷だった。
「我々の訓練にもなりますので、遠慮はいりません。」
損傷が激しい魔力回路を、魔術師団のメンバーがかわるがわる治療してくれることになったとき、ルーカスの後任の魔術師団長がそう笑った。
「団長殿の治療と、我々の訓練ができる、一石二鳥のチャンスです。」
「いや、わたしはもう団長ではないから……」
「我々の命の恩人は『団長』ですよ。」
俯くアナスタシアに、魔術師団の団員たちは口をそろえてそう言い切った。
その甲斐あって、魔力回路は順調に回復を見せていた――が、戦闘となるとそうはいかない。
「そのタイミングでは、死者が出るぞ。」
カインの言葉には遠慮がない。
動いていない的を相手にするならば何も問題ない魔術攻撃が、対戦形式になると、とたんにダメだ――発動タイミングが半歩ズレる。情けないほど『動けない』のが現実だった。
「アナスタシア、剣を持て。」
カインが挑戦的にアナスタシアを見つめる。手には訓練用の模擬刀が握られている。無言で頷いたアナスタシアが、開始の合図も待たず、カインに飛び掛かる。
だが――
勝負はその瞬間に決着した。
「戦場なら、死んでるぞ。」
剣先を喉元に突き付け、カインの冷ややかな声が落ちてくる。
どれだけ体力が回復したところで、戦いの勘が戻らない――それは致命的だ。
――以前と同じようには戦えない……わかっていたはずだ。
アナスタシアは悔しそうに地面に拳を叩きつけた。
騎士団入団試験前日――
「何度同じ間違いを繰り返すつもりだ。」
カインの容赦ない声が響く。アナスタシアの模擬刀は弾かれ、地面に落ちた。
無意識に出る『昔の癖』――魔法も体術も、そして剣術も、以前と同じようには動けない身体が邪魔をしてタイミングがずれる。
「……くっ!」
首元に突き付けられた切っ先が、現実を突きつける。
「死んだな。」
現役の騎士団長であるカインとの差は歴然だ。勝てない――その事実よりも、『動けない身体』がもどかしい。
「お前、昔の自分にこだわり過ぎじゃないのか?」
模擬刀を肩に担いでカインが真剣な声で言う。
「騎士としてのお前は、一度死んでんだぞ。同じことをしようとするのが間違ってるだろ。」
淡々と、けれどはっきりと言い切った。
アナスタシアは言葉を失う。
「新しい戦い方を一緒に見つけようって言っただろ?」
カインの言葉にアナスタシアの瞳が揺れる。
「これは昔のお前と比べるテストじゃないんだ。入団試験は、『騎士としての適性を見る』だろ?」
「……だが、怖いな。こんな曖昧な状態では、誰かを守るなど……できない気がする。」
ぽろりとこぼれた本音が静かに二人の間に落ちる。
「それでいいんだよ……その感覚は正しい。だからって、辞めんのか?」
「辞めないな。」
「だろ?」
アナスタシアが小さく笑う。
「俺たちは相棒だ。一人で戦ってんじゃねぇよ。」
――最強のパートナーがいる。
わたしは無敵だな。
その事実に、ふっと肩の力が抜ける。
「それに……落ちたって、来年があるさ。」
「貴様……」
「その顔ができれば上出来だ。」
カインがにやりと笑う。
――わたしは、もう一度騎士になる。
傷だらけで、泥だらけの自分。
それでも立ち上がる今の自分が誇らしかった。
その誇りを胸に、アナスタシアは剣を握り直した。
一筋縄ではいかない騎士への再出発。
突きつけられた現実と、失ったもの――
その先にアナスタシアが見つけたのは、
変わらない優しさと未来だった。
次回「帰るべき場所へ」
いよいよ騎士団復帰をかけた入団試験が始まる。
試験会場で待つ試練とは――
お楽しみに!




