41. 君に逢いに行く
やり遂げた『想いの証』を手に、
カインは再びアナスタシアの元を訪れる。
彼が伝えたい想いとは――
夜が明ける少し前、騎士団宿舎でカインは旅支度を整えていた。
軽いノックの音がする。
「フィルか。」
振り向くことなく告げた言葉に応えるように扉が開いた。
カインが想定した通り、フィルが姿を見せた。
「準備はできてるみたいだな。」
「しばらく留守にする。」
「騎士団のことは任せておけ。」
フィルが人懐っこい顔で笑う。
「連れ戻せよ。」
「当然。」
カインは、騎士団改正案を思いついたとき、真っ先に同期の仲間に相談した。フィルはその仲間の一人……今回の褒章通達をカイン自身が行うため、その間の団長代理をしてくれる手はずになっていた。
「ほんとにやり遂げやがって……さすがだよ。」
「残念ながら、俺一人の力じゃないんだがな。」
苦笑いが滲む。
「よぉ!」
そこへエリックとラルフ、ジャックも顔を出した。
騎士団訓練時代からの同期たちだ。言葉にしないが、四人は同時に同じ女性のことを考えていたのだろう……顔を見合わせて頷くと、カインをじっと見つめた。
「肝心なところで言い負かされそうだが、大丈夫なのか?」
ラルフが冗談めかしてカインに尋ねる。
「大事な式典をすっぽかすような人じゃないさ。」
生真面目なジャックがカインの肩を叩いた。
「まぁ、カインが説得するというのが一番の不安要素なんだよな。」
エリックが真顔でそう言うと、四人がうんうんと大袈裟にうなずいた。
「お前らなぁ」
アナスタシアから拒絶され、伯爵領から戻ったとき、この四人には散々心配をかけた。鬼気迫る勢いで鍛錬を始め、突然騎士団改正案を組み立て始めた。八方塞がりになり、改正案が暗礁に乗り上げたときも、この四人は変わらず支えてくれた。
――この大事な場所を、ようやくアナスタシアに返してやれる。
カインは満足そうに机の上に置いた陛下の勅令書簡に目をやった。
ようやくアナスタシアに逢いに行く準備が整ったことに、カインはいい意味で緊張感を感じていた。
――今度こそ、お前に俺の声を……俺の想いを届けに行く。
お前がまだ不安なら、認めさせてやるさ。
ここはお前の帰る場所だ。
***
マーベル伯爵領を馬で駆ける。
自然に恵まれた緑豊かなこの場所は、カインにアナスタシアを思い出させた。
――俺はどうにも、あきらめが悪いらしい。
もう一度、お前の隣に立てるなら……なんだってすると誓った。
まるで逸る心を悟ったように、馬がカインの気持ちに応えて早駆けを始める。
手綱を握りしめる指先に力を込めて、風の中を駆け抜ける。
その先に、自分の求めて止まない人がいる。
風の向こうに、アナスタシアの笑顔が浮かんだ気がした。
自分の願望が見せた幻影かもしれない。それでも、カインは目を逸らすことなく走り続けた。
彼女が彼女らしくいられる場所を取り戻すと誓った――カインはその想いだけを胸に、さらに馬の速度を上げた。
***
伯爵領には前触れを出してあった。カインの訪問ではなく、王宮からの特使として『大事な書簡』を届けるという内容だ。
――変な誤解があったのかもしれない。
伯爵邸で出迎えてくれた家令は、すぐに応接室に案内をしてくれたが、そこへ現れたのはアナスタシアの両親と兄、そしてアナスタシア本人だった。
――俺は警戒されている……のか?
肌を刺すような緊張感に、心臓が嫌な音を立てる。
「マーベル伯爵さま、お久しぶりです。」
カインが丁寧なあいさつをすると、伯爵が静かに頷いた。
「今日は、王都から書簡が届くと聞いていましたが、まさかその特使がニコルソン卿だとは思っていませんでしたよ。」
「どうしてもわたし自身がお伝えしたくて、陛下より特命をいただいてきました。」
特命という言葉に、伯爵の眉がピクリと上がる。
「朗報です。」
カインがにこりと笑うと、伯爵夫人が静かに息を吐いた。
アナスタシアはうつむいたままで、表情はうかがいきれないが、緊張していることはわかる。兄がずっと彼女を支えるように背に腕を添えていた。
「国王陛下からの勅令をお伝えする。」
カインの凛とした声が応接室に響いた。
「紅蓮龍討伐で、除籍となっていたアナスタシア・マーベル元騎士団長に、紅綬褒章の授与、ならびに騎士団長復帰を認める。」
「陛下が……」
「はい。この度、騎士団改正の法案が認められ、それに伴い功績の見直しがなされました。褒章授与式への招待状もこちらに。」
アナスタシアはまだ、うつむいたままだ。
「ようやく、団長をお迎えできる環境が整いました。」
カインの弾む声とは裏腹に、応接室の空気はどこか重いままだ。
――なにか、あるのか?
伯爵も、伯爵夫人の表情も、安堵したものになっていたが、アナスタシアの身体はこわばったままだ。
「アナスタシア、ニコルソン卿を庭園に案内してきなさい。」
「はい。」
その時はじめて、カインはアナスタシアの翳りのある表情に気づいた。
無言のまま四阿まで来ると、アナスタシアがゆっくりと振り返った。
「なぜ、お前が書簡を持ってきたのだ。」
感情が一切読めない落ち着いた声で、アナスタシアがカインに問いかけた。
「騎士団復帰の報せを、俺が自分で伝えたいと思ったからだ。」
「復帰など……できるのかと……思ってしまった。」
「お前は騎士だよ。」
風が優しい声を運んでくる。
カインを見つめるアナスタシアの瞳には、明らかに迷いが見えた。
「俺は、お前を迎えに来た……一緒に帰ろう。」
カインが手を差し出す。
「帰る?……どこへ?」
「騎士団さ。みんなが待ってる。」
迷っているアナスタシアの手を取ると、カインが笑った。
アナスタシアの手は、わずかに震えている。
「柔らかいだろ?剣を握って……鍛錬をやめたんだ……騎士であることから逃げたんだよ。」
カインに握られた手が恥ずかしくて、手放そうとしてさらに強く握り返される。
「らしくないな。」
「えっ?」
「諦めるなんて、お前らしくないよ。」
アナスタシアの手のひらを確認するように、カインがその手をなぞる。
「雨の日も、どんなピンチでも、俺たちを守り続けた手だ。
お前のこの手は、何も変わっちゃいない。」
「……」
「誤魔化すなよ。」
「……」
「お前は騎士でありたいんだろ?」
カインの言葉に、どくんとひときわ大きく鼓動が跳ねる。
「……わたしはもう、以前のようには戦えない。」
「それがどうした。」
「……戦えないと言っている。」
迷いのないカインの声に、アナスタシアは言葉に詰まる。
「以前と同じように戦えないなら、戦い方を変えればいい。」
「…………」
「お前ひとりで戦わせたりしない――俺がいる。」
真剣なカインの眼差しに、アナスタシアが息を呑む。
「わたしに、その資格は」
「あるよ。」
アナスタシアの言葉を遮って、カインがきっぱりと言い切った。
二人の間を、静かにゆっくりと時間が流れていく。
「――アナスタシア・マーベル。騎士として、妻として、俺と生きてくれ。」
鳥が飛び立つ音と、小枝がぶつかり合う音が響く。
「わたしはお前のパートナーにはなれないと……」
「俺の失言でお前をひどく傷つけた」
――あの時は、お前の拒絶の意味が分からなかった。
俺は『大事な言葉』を間違えたんだ。
「すまなかった。俺はただ、お前を失いたくなくて、お前を守れる男になりたかったんだ。」
「守らせてくれと……」
「馬鹿だよな。守られるだけの女じゃないことくらい、とうに知っていたのに。」
カインが照れくさそうに笑う。
アナスタシアの瞳から、一筋涙がこぼれた。
指の背で、カインが優しくその涙を拭う。
「お前は団長で、俺たちは『無敗の双剣』だ。
まぁ、俺としてはプライベートでもお前のパートナーになりたいと思っているんだが……」
照れて俯くカインの前で、アナスタシアが驚きのあまり固まっている。
「もう一度、戦える方法を一緒に探そう。
お前以上の相棒はいないんだ。」
アナスタシアがよく知る、気の抜けた笑顔だ。
その笑みに、重なるように次々と懐かしい仲間たちの笑顔が浮かぶ。
そして、その笑みに釣られるように、アナスタシアが微笑んだ。
「騎士団に復帰……」
小さいが、覚悟を決めたつぶやきが落ちた。
「すべてはそれからだ。」
今度は真っすぐカインを見つめる。
「……でも、婚姻は……まだ……」
「あぁ、それでいい。」
しっかりとアナスタシアの手を握り、カインが笑う。
ようやくアナスタシアの瞳に光が戻った。
満足そうに見つめるカインの先には、迷いなく笑うアナスタシアがいた。
同じ目線で、同じ歩幅でもう一度歩き出す二人。
次回「授与式、そしてリハビリ――ともに生きる覚悟の先に」
騎士としての毎日が、再び始まる。
その先にアナスタシアを待つ運命は――
お楽しみに!




