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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第二章:運命が紡ぐ未来

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37. 皮肉な再会

複雑な気持ちを抱えたまま、

アナスタシアはキースランにエスコートされ、王族主催の夜会へ向かう。

その会場に、いるはずのない『あの人』の姿があった――




王宮のダンスホールは、シャンデリアの光が豪華に揺らめき、貴族たちの華やかな装いに、特別な夜が一層引き立てられていた。


社交シーズンを締めくくる、王族主催の夜会には、各騎士団員たちが警備を任され、第三騎士団も臨時要員として配置されている。いつもの重い鎧ではなく、第三騎士団の紋章に礼服という正装で、外部からの侵入者を見張るため、窓辺と出入り口を中心に並んでいる。


カイン・ニコルソン――第三騎士団を率いる団長である彼は、その警備の様子を確認するように場内に視線を巡らせていた。


カツン


わずかなブーツの音に、会場全体の空気が変わる。

その一瞬で、誰が扉の向こうにあらわれたのかがわかる。


「……」


キースラン・ミルグレン。


いつもは一人で登場するはずの彼が、今夜は女性をエスコートしている。

それだけでも、十分会場はざわつくのに、隣に立つ女性は瞬きを忘れるほど美しい。

深紅のバラのようなドレスに身を包み、キースランの瞳の色を思わせるベニトアイトを中心に、ダイヤモンドがちりばめられた、美しいネックレスを纏っている。


アナスタシア・マーベル――キースランに負けない存在感を放つ女性……それだけで会場は十分に魅了されていた。


会場の視線を一気に奪い、彼女がキースランと歩き出すと、その場にいた貴族たちから感嘆のため息がこぼれた。


「あれが、大公殿の……」


続きを言いかけて、キースランの厳しい視線にその貴族はあわてて口を噤む。


「元は騎士だと聞いたが、なんと美しい。」

「いや、騎士だからこその存在感か。」


感嘆のため息は、やがて賞賛の声に代わり、押し寄せる波のように一気に広がっていった。


「カイン団長……?」


アナスタシアの美しさに目を奪われたカインは、団員の呼びかけで現実に引き戻される。


「さすが大公閣下ですね。エスコートされる女性も一流の女性(ひと)だ。」




――お前たちもよく知る、マーベル団長だよ。


カインはそう心でつぶやきながら、その一言は言えなかった……言いたくなかった。

団員が気づかないほど変わってしまったことに、少なからずショックを受けたのもあるが、変わってもなおアナスタシアを見失わなかった自分を、どこか特別に感じたかったからだ。


――我ながら、女々しいな。


名実ともに、国王陛下と並ぶ発言力と政治力を持つと言われるキースランの横で、気後れすることなく微笑むアナスタシアの姿は、『大公妃』と呼ばれるのにふさわしい姿だった。


「あれほどの女性だったとは……」

「まさか、あの騎士が」


貴族院のメンバーは、大公にエスコートされた女性がアナスタシアだと気づき、赤くなったり青くなったりしている。


――俺の完敗か……


そう……納得させようとしたカインの視線が、ほんの一瞬アナスタシアの視線とぶつかる。

会場のざわめきが消え、アナスタシア以外は色を失ってぼんやりと見える。


目を逸らすこともできずに立ち止まっていると、アナスタシアが何事もなかったようにキースランを見上げて笑った。



どくん



心臓が嫌な音を立てる。




――俺は、あの笑顔を失ってしまったのか。


指先を握りしめ、それでも視線は奪われたままアナスタシアをじっと見つめる。



――騎士として対等に並び立ったあの時間は、あの場所には戻れない……


そう気づいてふと、キースランとの会話を思い出す。




「シアの願う未来を共に歩むつもりだ。君では、彼女の帰る場所にはなれないだろ?」

「騎士団に居場所はないと?」


勝ち誇ったキースランの言葉に、冷静さが欠けていた。


()()()()()()()、無いだろうな。」



キースランの言葉が、頭の中でゆっくりと再生される。


「……いや、まさか」



鼓動が速る。


――何かがおかしい。

  とてつもなく大事な何かを……見落としている――


もう一度、キースランに微笑みかけるアナスタシアを見つめる。

ドレスの裾を揺らし、貴族たちと談笑する姿に「騎士であったアナスタシア」の面影はない。

騎士でないアナスタシアの姿は、カインにはどうしても偽りに見えてしまう。

剣を握り、戦場を駆け抜けたあの愛しい女性(ひと)はどこへ行ったというのか。




カインは酷く喉が渇くのを感じた。


――あれは『俺の知るアナスタシア』じゃない。


キースランが、柔らかい微笑みを浮かべるアナスタシアの隣に立っている。

まるで美しい一枚の絵画のような二人だが、何か違和感を感じる。



――アナスタシアは、彼を「帰る場所」に選んだ……のか?



今度は遠くで微笑むキースランとカインの視線が重なった。

思わず目を逸らす。



――違う!


本能的に負けを認めさせられたような感覚に、全身が何かを否定する。

次の瞬間、喉の奥に苦いものがこみ上げた。



――療養、回復、大公領への招待――これが全部……偶然ではなく、()()()()()()()……のか?



戦場で強敵を前にして、嫌な汗が背中を伝う……そんな感覚が襲いかかってくる。

違和感の正体が見えないまま、敗北感を植え付けられたような不自然さ。


――あの(ひと)ならやりかねない。


騎士として『負けを認める』ことは死に直結している――思考よりずっと早く、全身がそれを否定する。


「そんなことがありえるのか……

 ……そうか

 最初から――『負けた』と思わされていたのか。」


騎士としてではなく、戦場ではない場所で、知らずに戦いに挑まれていた。

そして、それに気づく間もなく完敗させられていた――少なくとも、()()()()()()()()()



「……ふざけるな。」


カインの小さな声が言い表せない怒りに震える。


――何もせず負けを認めさせられていたとは……冗談じゃない!


『戦わず負けた』など口が裂けても言えることじゃない。『負けを認める』ことでさえ死の覚悟が足りない臆病者の言い訳だ。戦わず、奪われ、ただ見ているだけの男。そんな男に仕立てられていた。



――まんまと思い込まされていた。

  それなのに、彼女の隣に立つ資格がない?

  どんな言い訳だよ!

  情けないにもほどがある。


カインが大きくゆっくりと息を吐き、アナスタシアを見つめる。

重なることのない視線の先に、もう一度、したたかな笑みを浮かべるキースラン(恋敵)と目が合う。

今度は、視線を逸らすことはなかった――むしろ、睨みつけていたかもしれない。


カインは拳を握りしめる。


――アナスタシアの隣に立つことを望むからこそ、俺はそれにふさわしい男になる。

  大公閣下は、俺ではアナスタシアの帰る場所にはなれないと言った。

  だが、アナスタシアのことは、俺が誰よりもよく知っている。

  足りない?そんなはずはない。あいつを一番近くで見てきた……俺たちは最強の相棒(パートナー)だ。



「よしっ。」


小さくつぶやいて踵を返す。

その背中には、確かな覚悟が宿っていた。

大人の思惑は、少し遅れてカインに届いた。

それが三人の未来を大きく変えていくのだが――


次回「バルコニーの告白――月夜の誓い」

カイン、汚名返上なるか――

お楽しみに!

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