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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第一章:騎士団長編

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25. 勝利と代償




 パキンッ



 ルビーの破片が飛び散ったように、鱗が砕け、まぶしい閃光と共に、紅蓮龍が咆哮をあげる。

 アナスタシアは、深淵の森にこだまする歓喜の叫びの中央で 右手に剣を掲げ空を仰いだ。


 轟音と共に巻き上がった砂塵が静まり、焼け焦げた森に風が戻る。


 「討伐、成功だ!!」


 勝利の雄叫びが響く。


 ――しかし、


 空を見上げていたアナスタシアの目元がピクリと異質な何かに反応する。


 「……まだだ……」


 ピリッと肌に突き刺さる『威圧』。

 初めて()()を感じたとき、アナスタシアの横にはルーカスがいた。

 違和感を共有した仲間はもうここにはいない。

 

 その正体を暴こうと、倒れ伏した紅蓮龍(アグニシル)を見つめた。


 黄金の目がアナスタシアをとらえる――


 そして皮肉たっぷりに笑みを浮かべ、何かを確信したかのように口元が歪んだ。


 「全員、下がれ――!!!」


 喉が張り裂けるほどに叫んだ瞬間、紅蓮龍(アグニシル)から異様な魔力の奔流が吹き上がる。


 アナスタシアは瞬時に理解する。

 それは“最後の息吹(ラストブレス)”――死の炎。


 ほんの一瞬の出来事だった。


 「不滅の盾(エターナル・シールド)


 反射的にアナスタシアが発動した防衛魔法と、紅蓮龍(アグニシル)の放った炎が団員たちを襲ったのは、ほぼ同時だった。

 青く燃え上がる炎は、まるで憎しみの塊のように大きく渦巻いている。

 まるですべてを呑み込もうと、獰猛に迫る。

 そして――意思を持つかのように、アナスタシアを狙う。

 

 焼けた匂いが肺を刺す。空気が軋み、塞ぎきれなかった地熱が全身を襲う。

 それでも盾をかざしたアナスタシアは、眉一つ動かさず紅蓮龍(アグニシル)の前に立ちふさがった。


 「団長っ!」

 「来るなっ!!」


 カインが駆け寄る気配がして、それを全身で拒絶する。


 「全員、退避だ。カイン、指揮を!!急げっ!!!」


 紅蓮龍(アグニシル)がその身のすべてをかけて放つ最後の息吹(ラストブレス)は、さらに勢いを増していた。


 「防護障壁(シールド・バリア)、全展開――!!!」


 白光が爆ぜる。

 紅蓮龍(アグニシル)の放った灼熱の奔流が障壁にぶつかり、地鳴りが森を飲み込む。


 アナスタシアもまた、退避する団員たちの盾として、その身のすべてをかけて高位魔法である防護障壁(シールド・バリア)を全展開する。

 紅蓮龍(アグニシル)の攻撃は騎士たちに届くことなく、光の盾に吸収されていく。

 

 炎はまるで、彼女さえ倒せばすべてを焼き尽くすことができると知っているかのように動く。

 まばゆい光の中で、アナスタシアの防御に向かって迷いなく襲い掛かる。

 腕に、足に、全身を覆いつくす勢いで、()()は意思をもって彼女の肌にまとわりつく。


 熱と力が一体となってアナスタシアの身体を締め付ける。

 息苦しさの中で無理やり空気を吸い込めば、ジリリと肉の焼け付く嫌な匂いが喉を刺す。


 その独特の異臭のせいか、痛みのせいかはわからないが、アナスタシアの顔が歪む。



 「アナスタシア――っ!」


 カインの叫び声が紅蓮龍(アグニシル)最後の咆哮で打ち消される。

 轟音と共に、紅蓮龍(アグニシル)が崩れ落ちた。

 目の前で、華奢な身体が力尽き、地面へと倒れていく。


 騎士たちの合間を縫って、カインが飛び出す。


 カインの周囲だけ、まるで時間の流れが異なるかのようだ。

 動いているはずの手足はその人(アナスタシア)に届かない。

 倒れていく身体を支えようと伸ばすカインの手が、虚空を切る。




 燃え尽きたように紅蓮龍(アグニシル)が動きを止めた。

 そして、焦げた大地に静寂が訪れる。


 ――討伐は完了した。


 パチパチと木々の焼ける音だけが遠くに聞こえる。


 腕の中に抱き上げたその人(アナスタシア)は、ぐったりとしたまま動かない。

 脇腹の大きな傷が、炎に焼かれて騎士服にこびりついているように見える。


 「しっかりしろ、おいっ!」


 カインの呼びかけに、アナスタシアがうっすらと目を開ける。

 

 「……全員、無事か……?」


 朦朧とする意識の中で、団員の安否を気遣う。


 「お前が……守ったんだ……全員、無事だ。」

 「……そうか。よか……った」

 「全員には、お前も含まれているんだ。しっかりしろっ!」


 カインの叫び声に答えることもなく、アナスタシアは意識を失った。

 追いついた魔術師部隊が治癒魔法をかける。

 だが、その治癒の光がアナスタシアの身体に定着しない。

 ほとんどが静かに宙に舞い散ってしまうのだ。


 「魔力限界を……超えている。魔力回路に魔力が流れていない。

   ……これ以上は治癒魔法が届かないというのか……」


 魔術師部隊の新隊長の声に絶望が滲む。


 「いや、まだです。我々は、あなたを諦めませんよ。」


 迷いを振り切り、強く願いながら回復魔法と治癒魔法を繰り返しかけ続ける。

 カインは唇を噛みしめ、アナスタシアの手を強く握りしめる。

 握り返すことのないその手が、カインにはやけに小さく感じた。



 治療は夜を徹して行われた。


 ――それでも、アナスタシアの意識が戻ることはなかった。

 

***


 最大の脅威が去り、森の静けさは異様なほどだった。

 闇は深く、野営のために焚いたかがり火が、ポツリポツリと心もとなく点在している。


 大きな意味のある勝利だった。

 紅蓮龍(アグニシル)を討伐し、胸を張って王都へ帰還する――そのはずだったのだ。


 けれど、念願の勝利を手にしたというのに、誰一人として笑顔にはなれなかった。



 眠り続けるアナスタシアを見つめ、カインが誰にともなくつぶやいた。


 「守ったのは……国か、それとも……

   お前が守りたいものは……守れたんだよな。」


 一命はとりとめた。

 だが、アナスタシアの眠りは深い。

 



  カインの指示で、討伐完了の報せは王都へ送られた。

 治療魔法の定着が安定しないアナスタシアを動かすのは危険だと判断し、カインと魔術師部隊はヴェルデスの深淵に残ることにした。騎士たちには、明るいうちに帰還許可を出したが、誰もその場を離れることはなく、アナスタシアが目覚めるのを待っていた。 


 平和を取り戻した静かな森の頭上には、皮肉なほどに星々が美しく輝いていた。 

 その満天の星空の下で、彼女の人生だけが、その大切な輝きを失いかけていた。





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