24.紅蓮龍、討伐へ
図書館での出会いから、アナスタシアは吹っ切れたように鍛錬を再開した。
そして謹慎処分から数週間後――王都から書簡が届いた。
『紅蓮龍の討伐を命ずる。』
アナスタシアは、心を決めた後の拝命であったことに感謝した。
迷いも憂いもない。
「すべきことはわかっている。」
小さくつぶやき、剣を握りなおす。
王都からの書簡を追いかけるように、第三騎士団からも手紙が届いた。
――団長へ
第二・第三騎士団、そして魔術師部隊の連盟で嘆願書を提出しておきました。
貴族院のわからずやたちも、今回ばかりは現場を無視することはできないはずです。
我々の総意は「あなたの戦略と指揮なしに、討伐は不可能」。
現場の総意を無視することが、責任問題にも成り得ることを自覚したことでしょう。
王都にてご帰還をお待ちしてます。
第二・第三騎士団、および魔術師部隊一同――
そして最後に短い一文。
『君の決断を信じる』
見覚えのある文字だ。
剣よりも真っ直ぐ、彼の言葉がアナスタシアの胸を貫いた。
***
王都へ帰還してから出陣までは、異例の早さだった。
ようやく紅蓮龍の恐ろしさを実感したのかもしれない。
ラピスの森を抜け、さらにその奥――ヴェルデスの深淵域へと進軍する。
瘴気が濃くなるにつれ、あたりの空気は重く息苦しさを増す。
地面はぬかるみ、足元をおぼつかなくさせている。
いつもと違う真っ赤な夕日が、空を赤黒く染めていく。
緊張が肌を刺す。
静かに移動する騎士団員の誰もが、この緊張の意味を理解していた。
――弔い合戦
敗走した道を、今度は勝利に向かって進む。
恐怖と絶望を越え、折れない心と共に、大地を踏みしめていった。
進行を続ける団員の後姿を見つめながら、アナスタシアは進軍直前の謁見を思い出していた。
「……陛下、この度の出陣を、わたしの"最後の任務"とさせていただきたく存じます。」
空気がざわついた。
みっともなく地位にしがみついているとでも思われていたのだろう。
一部の貴族たちはあからさまに侮蔑の眼差しを送ってきた。
「その申し出、保留としよう。任務を成功させたのち、改めて願いを聞かせてくれ。」
陛下の返答は想定外だった。
でも、自分の中での結論は出ている。
ルーカスとの約束を果たせば、胸を張って家族を守る人生を選べる。
この戦場が、人生の分岐点だ。
アナスタシアの覚悟は、騎士の矜持と共に彼女の心を強く支えていた。
***
先の戦闘で、紅蓮龍と対峙した戦場にたどり着いた。
僅かに胸が軋んだが、ルーカスの最後の言葉を思い出す。
「ここからだ。」
自分にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「迷っているのか?」
カインの低く落ち着いた声がする。
「いや、迷いがあるからこそ、戦える時もある。」
重ねてきた信頼が、少ない言葉の足りない空白を埋めていく。
二人だけに伝わる確かな理解が、静かな絆となっていた。
***
予想より早く、紅蓮龍が現れた。
魔獣戦を傍観していた前回とは違い、殺気を肌で感じる。
どうやら、前回の攻撃を受けて、『敵』として認識されたようだった。
「ルーカス、行くぞ。」
胸元に忍ばせたルーカスの魔石を握りしめ、戦友の姿を思い浮かべつぶやいた。
そして、意を決したアナスタシアが声を張る。
「風の障壁で飛行を封じろ!魔術師部隊は弓隊の武器強化と威力増加を頼む――放て!!」
紅蓮龍に向かって、一斉に弓が放たれる。
「攻撃が無効化されるのは想定内だ。ダメージを蓄積させるため撃ち続けろ!」
遠距離攻撃でダメージを蓄積させ、臨界点を突破する。
仮説ではあるが、現段階で最も有力な戦略だ。
第二騎士団は、万全を期して魔獣たちの攻撃に備える。
魔術師部隊も連携を崩さず、継続的に弓隊の攻撃をサポートしている。
「出力をあげろ!まだだ、まだ下がるな――!!」
継続的に攻撃を続ける部隊に疲れが見うけられる。
近距離戦闘の団員たちは、もどかしそうに弓隊を見ている。
「紅蓮龍が怯んだ時がチャンスだ。お前たち、後れを取るなよ。」
アナスタシアの号令に、騎士団全体が――戦場全体が生き物のように動き始める。
限界の攻防を繰り返すこと数刻、紅蓮龍の動きがわずかに鈍る。
蓄積ダメージが現れ始めたのだ。
しかし、逆鱗の位置は特定できずにいた。
「喉元の逆鱗は、ルーカスの攻撃で破壊されたままか……残りは二つ。」
アナスタシアは危険を承知で前線に踏み込む。
その真後ろを、遅れることなくカインが追いかける。
「風を頼む。」
カインの合図にアナスタシアが風魔法でカインを加速させる。
逆鱗を目視していたのか、一直線に右翼上部に剣を突きつける。
炎耐性がある紅蓮龍も、逆鱗への直接攻撃は防げないようだ。
苦悶の声をあげた。
傷ついた翼は、修復もできないようだ。
「あと、一つ。」
つぶやいた瞬間、左胸部にわずかに色の違う鱗を見つける。
カインは右翼を完全に無力化するため、剣を振るい続けている。
「一か八か……」
紅蓮龍を睨みつけ、心を集中させて覚悟を決める。
剣先に風の刃を纏わせ、同時に自身に風魔法を纏わせ飛び上がる。
アナスタシアの動きに気づいた紅蓮龍が、左翼を振り上げさらに強い風を巻き起こす。
ギロリと睨んで打ち付けるように振り下ろされる翼は、明確な殺意をもって襲いかかってくる。
「アナスタシア!」
強風にあおられ、アナスタシアが地面に叩きつけられた。
彼女の口元から真っ赤な鮮血が飛び散る。
「団長っ!!!」
地上戦闘部隊が、早急にアナスタシアを救助、回復支援部隊へと運ぶ。
紅蓮龍の咆哮とともに、森から魔獣たちがあらわれる。
緊迫する戦況の中、フィルとエリックを中心に、接近戦部隊が新たに出現した魔獣たちを殲滅していく。
「もう大丈夫だ。」
治癒魔法と回復魔法でアナスタシアは、もう一度立ち上がった。
「けじめをつけてくる。」
「防御魔法と身体強化魔法を」
駆けだしそうになるアナスタシアに、魔術師部隊の新隊長が魔法をかける。
「我々にも頼ってください。」
一人ではやる気持ちのまま先走っていたことに気づかされる。
「あぁ、ありがとう。」
花がほころぶように微笑んだアナスタシアに、その場にいた者すべてから小さな感嘆の声が漏れる。
「行ってくる。」
今度こそ、仲間の信頼と共に紅蓮龍に向かって走り出す。
――紅蓮龍に終止符を
その誓いと共に、繊細な魔力コントロールで剣先の一点に魔力を集中させ、風魔法に乗せて逆鱗へと打ち込む。
パキンッ
ルビーの破片のように鱗が砕け散る。
まぶしい閃光と共に、紅蓮龍が咆哮をあげる。
地響きを立てて崩れ落ちる紅蓮龍に、団員たちから歓喜の声が上がる。
力を尽き膝をついたアナスタシアは、再び立ち上がり、右手に剣を掲げた。
深淵の森にこだまする歓喜の叫び。
その中央で、空を仰ぐアナスタシアの瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。
彼女はもう、ひとりで戦う必要はなかった。




