19. 生き延びた者の責務
「女が前線になど行き、こんな失態を晒してのこのこと生きて帰ってくるとは、なんという恥知らず。」
「責任など取れもしないのに、魔術師団長を失うなど、あってはならないことだ。」
アナスタシアは、うつむくこともせず、罵詈雑言を受けていた。
ルーカスは、あのまま二度と目を覚まさなかった。
あれ以来、ルーカスの最後の言葉を幾度となく思い出す。
『あなたに会えて良かった。あとは、頼みます。』
彼に託された騎士たちは、みな無事に帰還した。
誰もが肩を抱き合い、生還を喜んだ。
――寒い……あれからずっと、寒いままだ。
あれからずっと、身体の温もりを感じない。
騎士たちの笑顔も、肩を叩く重みも、どこか遠い。
アナスタシアは今もまだ、あの静寂の中にいた......暗い、寒い、闇。
そう、ルーカスはもういないのだ――
事態は想像していたよりも、悪意のある未来を連れてきた。
ルーカスを死なせたとして、アナスタシアは軍事会議にかけられることになったのだ。
***
目の前の重い壁。
何度見ても、この重厚さは好きになれない。
――重苦しい。
自分の周りだけ空気が薄くなったようだ。
ゆっくりと扉が開き、裁定の場へと促される。
正面に貴族院の上官議員三人、その左に第一騎士団上官三人、右には書記官が二人座っている。
傍聴席には第二、第三騎士団と魔術師戦闘部隊の仲間たちがいる。
もちろん、カイン、フィル、エリック、ラルフとジャックも揃っている。
「アナスタシア・マーベル、前へ。」
軍務長官の低い声が響いた。
コツコツとブーツの音を響かせ、アナスタシアが中央の被告席まで歩を進める。
「これより、軍事会議を開廷する。」
アナスタシアに冷たい視線が突き刺さる。
『討伐に失敗すれば、わたしを追い出す口実になるとでも思っている』
……そんなこと、とっくの昔からわかっていた。
そして恐らくそれは間違っていない。
***
議題の中心は、魔術師戦闘部隊の隊長として討伐に参加したルーカス、魔術師団長の死亡責任に対する有責の是非。しかし、議論はすぐに非難と罵倒に変わる。
「本来、女を最前線に立たせたこと自体が誤りだったのだ。」
貴族院の保守派筆頭が、嫌味たっぷりに発言する。
「討伐命令を過分とせず、請け負っておいて、この失態。」
「女であれば、許されるとでも思っているのだろう。」
「魔術師団、団長をみすみす死なせて……なぜこやつが生きてここにいるのだ。」
第三騎士団の誰もが拳を握りしめる。
カインが視線でそれを制止する。
第二騎士団は、戦場での団長の支持の正確さを目の当たりにした今、ひどく後悔していた。
初めてアナスタシアに会ったあの訓練場で、自分たちの侮辱行為と同じ発言が繰り返されている。自分たちの恥ずべき行為を再現されて、顔をあげることができない。
「魔術師団員には、非情に申し訳ないことをした。」
保守派筆頭がもっともらしい正義と、わざとらしい殊勝な言葉で、魔術師団を煽る。
「お言葉ですが」
ルーカスの後任の新しい魔術師団長が、よく透る声で言葉を返す。
「我々は、アナスタシア団長の戦術は正しく、撤退は最善だったという見解であることをここに宣言します。」
「なっ!」
怒りに任せて、保守派筆頭が咄嗟に叫ぶ。
「紅蓮龍の脅威の中、我々を奮い立たせ無事帰還へと導いた。それは、ほかの誰でもない、マーベル団長の功績です。」
「だが、ルーカス・ポルタコフは戦死。彼ほどの実力者が命を落とすほどの失態があったと」
「恐れながらお尋ねします。この場にいらっしゃる方々は、紅蓮龍のことを、どれほどご存じなのでしょうか?」
さすが中立を規律にもつ魔術師団だ。
「そんなもの……」
口ごもる貴族院の議員に、新魔術師団長がたたみかける。
「伝説の紅龍、紅蓮龍――伝説の炎の龍と言われ、その生態はほぼ不明。その強敵相手に、死者はポルタコフ前団長のみ。犠牲は……やむを得なかった。正直に申し上げます。魔術師戦闘部隊一同、この軍事会議の意味が理解できません。」
「だから、その実力者が命を落とすような無謀な策をとったのであろうと言っておるのだ。」
「そもそも敵の情報が少なすぎたのです。そんな中、隊を守り敵に有効打撃を与えたのが前魔術師団長です。先ほどからの発言、守られた我々が、間違いだったとおっしゃりたいのですか?」
空気が変わる。
現魔術師団長の言葉は、貴族院に無謀な策で命を落としたと言われた前団長を、仲間を守った英雄――伝説の龍に初めて有効打撃を与えた英雄だと――その場のいる多くの人たちの認識を変えた。
「そんなことは言っておらん。ただ、女が騎士を気取り、大事な戦力を失くした。それを問題にしているのだ。」
「女の浅知恵が、戦場で通じるはずがない。」
冷静さを失った貴族院の議員の言葉と冷笑する第一騎士団の態度に、第三・第二騎士団の数名が、がたんと音を立てて立ち上がる。
無意識に腰の剣を取ろうと動いた手が、何もない空間を掴む。
軍事会議において、帯刀は認められていない。
剣を掴み損ねた手が、固い拳となって握られる。
「静粛に!」
この場を鎮めようと軍務長官が合図を送るが、ざわめきは消えない。
むしろ、一食触発といった張り詰めた空気が流れる。
カツンッ
踵を一蹴りし、アナスタシアが右腕を肩の高さまで上げる。
『止め』の指令だ。
一瞬で、ざわついた空気が消える。
その統率力に、貴族院の議員たちだけでなく、第一騎士団の上官たちまでもが息を呑む。
アナスタシアは一言も声を発せず、騎士たちを見てもいない。
「静粛に。」
声を張り上げることなく、軍務長官の声が議会に響く。
「マーベル団長、なにか?」
水を打ったような静けさが戻る。
「言い訳するつもりはありません。」
「団長っ!」
たまらず騎士たちが声をあげる。
「ポルタコフ団長は、わたしの指揮下で戦死した。
――それが事実、それがすべてです。」




