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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第一章:騎士団長編

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16.対・フェンリル




 フェンリルが防御魔法を使えるなど聞いたことがない。

 飛ばされた空中で着地地点を探し彷徨っていたカインを、フェンリルの真っ赤な瞳がとらえる。

 ベヒモス戦のときのように、周囲の魔素がぐっと濃くなったのを感じる。


 「うぅっ。」


 フェンリルの瞳にとらえられ、カインが真っ青になる。


 「なんだ……これ。」


 まるで動き方を忘れたように、カインの身体が成す術なく地面に落ちていく。

 

 「カイン!」


 アナスタシアの声が聞こえた。

 けれど、カインは視界も奪われたようで目が霞む。


 ザシュッ


 空を切り裂いてフェンリルの爪がカインを襲う。

 運よく加護魔法で鋭い攻撃ははじき返せたが、カインの身体はそのまま地面へ叩きつけられる。


 「カイン!」


 立ち上がる気配のないカインに、アナスタシアの顔色が変わる。


 「貴様っ!!」


 再び認識阻害魔法を再生しようとしているフェンリルの正面にアナスタシアが突入し、馬上から空中へ、そして剣ではなく剣先から魔法攻撃を放つ。


 けれど、額の魔石から防御魔法が発動していたようで、アナスタシアの魔法攻撃も弾かれた。

 着地と同時に地面をけって駆け出し、素早くカインのもとへ走る。

 わずかだが、動けてはいるようだ。


 「すまない。」

 「謝るな。いけるか?」

 「あぁ、まだ生きてるよ。」

 

 にやりと笑うカインに、無意識に小さな息がこぼれる。

 訓練されている軍馬は、二頭とも主人を見つけて素早く二人を背に乗せる。


 「いったん、ルーカスと合流だ。」

 

 互いに頷きあう。


 戦況は、一進一退と言ったところだろうか。

 左翼が機能し始めて、右翼も安定した攻撃を与えている。

 正面部隊も戦線を押し上げて、左右に合流するところまで来ていた。


 「ルーカス。」


 攻撃がはじき返されたとき、二人を見失ったであろうルーカスが、安堵の表情を浮かべる。


 「ご無事でしたか。」


 「あれくらいじゃ、死なねぇよ。」

 「あれくらいでは、死にませんよ。」


 息を揃えて二人に返される皮肉めいた答えに、思わず笑いあう。

 次の瞬間、ルーカスの身体が、がくりと膝から落ちる。


 「ルーカス。」


 カインとアナスタシアが反射的に崩れる身体を支える。


 「治癒......いや、魔力回復を頼む。」


 戦線が押し上げられていたことで、正面部隊のすぐ後ろに控えていた後援部隊の数人が駆け寄る。

 隙をついて襲ってくる魔獣たちを蹴散らし、カインとアナスタシアがルーカスの回復を待つ。

 ピクリと指先が動き、ルーカスが目を開ける。


 「もう、大丈夫です。」


 少し荒くなった息を整えて、ルーカスが治療を遮る。


 「ルーカス、わたしにはまだお前の力が必要だ。しっかり回復してくれ。」


 飛び掛かかる一角ウサギ(ホーンラビット)を切りつけながら、アナスタシアが指令を出す。


 「フェンリルを倒す方法が?」

 「あぁ、ここで撃つ。」


 目を伏せて口の端をわずかに上げると、ルーカスが短く詠唱する。

 すると、身体を淡い光が包み、途端に顔色がよくなる。


 「ルーカスさま。」


 治癒部隊が驚いて名前を呼ぶ。


 「問題ない、魔力回復に周囲の魔素を供給してもらっただけだ。」

 「お前、なんかズルいな……それ。」

 「魔術師団長たるもの、荒業の一つや二つ、使えなくては。」


 驚いて言葉を失くす治癒師たちの代わりに、カインが悪態をつく。

 その言葉に、ルーカスが余裕平然と言い返す。

 アナスタシアはそのやり取りに、作戦成功の灯りを見た。


 

 

 「それで、作戦の方は?」


 すっかり回復した様子で、ルーカスがアナスタシアに作戦提示を促す。

 

 「カイン、もう一度、飛べるか?」

 「お前の援護があればな。」


 カインも治癒師に回復魔法をかけてもらったようだ。余裕さえ見える。


 「額の中央に魔石を確認した。まずはそれを破壊する。」


 トントンと額中央に指先をあて、さっき見つけた魔石の位置を教える。


 「わたしはやつの足元を崩そうと思う。奴はふらふらになるだろうから、外すなよ。」

 「誰に向かって言ってんだ。」


 からかい半分でアナスタシアが笑うと、カインが少しむくれた。


 「ルーカスは、万全の態勢でわたしの魔力強化の準備をしていてくれ。一気にカタをつけたい。」


 視線を合わせたルーカスが、無言で頷く。


 


 作戦が決まり、カインとアナスタシアは再びフェンリルの元へ駆けた。

 舞踏のような息の合った戦いぶりは、今回も健在だ。

 フェンリルまでの道のりを塞ぐ魔獣たちは、瞬く間に蹂躙され、まるで、障害物など存在しないかのようにフェンリルへと突き進む。


 「カイン、飛べっ!」


 アナスタシアの合図で、風魔法でカインがフェンリルの頭上を舞う。

 その隙に、アナスタシアがフェンリルの足元を切り付ける。

 フェンリルは突然の違和感と、足元の揺れに空を仰いだ。その額に、青い魔石が光る。


 パキンッ!


 炎で強化した刀が、一直線に魔石を突き刺す。


 「やはりな。攻撃の認識ができなければ、防御魔法は発動しないか。」


 痛みで狂ったように暴れだしたフェンリルの爪が、お構いなしに周囲の魔獣にも突き立てられる。

 カインは振り回されながらも体勢を整え、即座に片目を奪った。

 

 「ルーカス、魔力強化魔法を頼む。」

 

 この好機を逃すまいと、アナスタシアが狙いを定める。

 彼女を狙う周囲の魔物をルーカスが抑え込みながら、指示通り強化魔法をかける。


 「カイン、時間を稼いでくれ。」


 言い放つと同時に天に向かって剣を掲げ、一方の指先を唇にかざし詠唱を始める。

 戦闘の真っただ中だというのに、すごい集中力だ。

 フェンリルはカインをはじめとする左翼と右翼の騎士と戦闘を続けている。

 一度は失敗した第二騎士団も、魔術師戦闘部隊を守る盾役として機能していた。


 フェンリルの頭上に美しく光る魔法陣が浮かび上がる。


 「相変わらず、綺麗だ。」


 ルーカスが、その魔法陣とそれを描いて緑色に輝くアナスタシアに感嘆の声をあげる。


 「カイン、離れろっ!」


 声と同時に、カインがフェンリルから素早く離脱する。

 アナスタシアが掲げた剣を振り下ろすと、空間を裂くように風の刃がフェンリルを襲う。


 額の魔石が青白く光りを放ち、フェンリルの咆哮が戦場を震わせた。


 パリンッ!


 破片が飛び散り、地面を響かせて、その大きな身体が倒れた。



 フェンリルが倒れたことで一気に散り散りになった魔獣たちも、次々に殲滅されていく。


 


 戦闘後に倒れたアナスタシアを思い出し、カインが素早く顔を覗き込む。


 「また、無茶しやがって。」

 「今回は大丈夫だ。」


 確かに顔色は悪くない。


 「ルーカスの魔力強化のおかげだ。」


 アナスタシアが再び剣を掲げる。

 

 うおぉ~


 勝利を確信した団員たちが、掲げられた剣に向かって叫ぶ。




 澄み切った青空に勝利の雄叫びが響き渡る。

 その戦場の興奮を掻き消すように、何者かの咆哮が轟く。


 あたりが暗くなり、歓声も勝利の余韻も、一瞬にしてかき消される。



 見上げた空には――



 深紅の身体、大きな翼、黒い爪、そして金の瞳……その姿に似合わないほどの静けさを携えて


 ――伝説としてしか語られたことがない、ドラゴンがアナスタシアたちを見下ろしていた。



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