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女騎士団長、アナスタシア・マーベル~あなた以外の愛ならいらない〜  作者: Alicia Nish
第一章:騎士団長編

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15. 魔獣地帯、ミーヴァ湖




 違和感の正体が見えた。


 湖周辺に残された多くの足跡のわりに、魔獣が一体も確認できない。

 姿は見えていないのに、魔力圧は感じるのだ。


 「確実に、()()……よな?」


 隣に立つルーカスに確認する。


 「いますね。見えないだけとは、なんともおぞましい。」


 言葉のわりに、ルーカスの表情は楽しそうだ。


 「お前、戦闘狂って言われないか?」


 重くなり過ぎた雰囲気を砕くように、少しとぼけた質問をしてみる。


 「団長、分かり切ったことを言わないでください。」

 「そんなこと、言われたことなどないぞ。」


 悪乗りしたカインに、ルーカスがあわてて応戦する。

 随分と気安いやり取りだ。この二人も、前回の戦闘で自然と打ち解けたようだ。


 「戦闘狂は、カインか。」


 何気につぶやいた言葉に、二人が声を揃えて言い返す。


 「それは、お前だ!」

 「それは、貴方だ!」


 息の揃った発言に、思わず笑いがこぼれる。


 「そうか、わたしか。」


 二人に戦闘狂と呼ばれて、どう反応すればいいかわからず、とりあえず笑ってしまう。

 和んだ空気に、一瞬ピリッと鋭い刃物が切りかかったような緊張を感じる。

 殺気を感じ取った三人の目つきが変わった。


 「よし、じゃあやはり、わたしが先陣だな。」

 「敵は?」

 「おそらく認識阻害魔法をかけているんだろう。見えないだけで、()()ぞ。」


 アナスタシアが不敵に笑う。


 「ルーカス。」

 「あの殺気は、あちらのミスですね。確実に位置が把握できました。」

 「じゃあ、また奇襲を頼む。」

 「かしこまりました。」


 いつか見たように、指先を軽く唇にあて詠唱する。

 空に掲げた指先に光が集まり、まばゆい光球となって放たれる。


 湖を揺らして咆哮が鳴り響いた。


 ルーカスの攻撃と同時に、馬を駆けさせたアナスタシアの目に攻撃を受けたフェンリルが姿を見せる。

 背中にぞくりと泡立つ感覚を覚える。


 「なんだ、あの大きさ。」


 カインのつぶやきは、まさにアナスタシアが思ったことだった。

 確実に通常のフェンリルの数倍の大きさとわかる、巨大な銀狼が姿を現した。


 「やはりただのフェンリルじゃないか……あいつは一体……。」


 怒りで青く光っているようにも見える銀狼を見据えて、アナスタシアに自然と笑みがこぼれる。

 

 これだけの大物、ここで叩くことができれば、王都は安全だ。


 「さぁ、行こう!魔獣たちのお出迎えだ。」


 戦場に向かう凛とした姿が逆行を浴び、大きな揺れる影となって騎士たちを導く。

 そのアナスタシアの声がまるで合図であったかのように、湖に集まっていた数百体の魔獣が次々と姿を現した。


***


 岩場に潜んでいる魔獣たちの影が揺れる。

 視界にとらえた敵だけでなく、空気の揺れ、微かな音、気配さえも戦闘には必須だ。

 僅かな判断ミスが命とりになる――魔獣討伐に慣れた騎士たちの誰もがそれを知っていた。


 敵さえ見えてしまえば、優秀な騎士団が攻めあぐねることはない。

 たとえそれが、魔獣の群れには珍しく統率されたように陣形をなしていたとしても。

 まるでそれが、騎士たちを待ち構えているように見えたとしても。

 先陣を切ってアナスタシアが戦場を駆けているのだ。戦いを恐れる者などいない……はずだった。


 正面から真っ直ぐフェンリルに向かってアナスタシアが飛び出し、カインとルーカスがすぐその後に続く。

 それを合図に、左翼と右翼から遠距離攻撃の魔法の矢が放たれる。その攻撃が次々と現れた魔獣たちに降り注ぎ、それに合わせて、第三騎士団が近距離攻撃を仕掛けた。

 けれど……


 「うわぁ~」


 統率の取れた陣形から、第二騎士団の数名が、闇雲に飛び出し陣形を崩す。

 フェンリルの大きさ、魔獣の多さ……ひょっとしたら、初めて対峙した魔獣の恐怖に身体が勝手に動いたのかもしれない。無防備に散った騎士たちは、魔獣たちの格好の餌食だ。


 「バカ者がっ!」


 叫ぶと同時にアナスタシアが進行方向を変える。


 「悪いが少し寄り道するぞ。」


 

 乱暴に言い放ち、一直線に乱れた左翼前方でパイアに向かって刀を振り上げる騎士たちの元へ走る。


 「お前たちが切り付けたところで、パイアは止まらん!下がれっ!」


 振り下ろした刀が、パイアの表皮にさえ、傷らしい傷をつけていない。その事実に恐怖し、第二騎士団の騎士たちは固まって目をつぶる。


 「騎士が戦場で目を閉じるなっ!!」


 死を覚悟した騎士たちの前に飛び出したのはアナスタシアだった。


 「こんなところで何をしている。お前たちの役目は盾だろう。」


 一瞬だけ鋭い視線を送る。しかし、振り向きざまに、一撃でパイアの片目を奪う。


 「カイン、とどめだ。」


 真後ろから向かっているはずのカインを呼ぶ。


 「ルーカス、狙うなら眉間を打ち抜け。」


 遠距離攻撃を狙っているであろうルーカスにも、すかさず急所を教える。

 片目を失って怒り狂うパイアに背を向け、固まった騎士二人を馬上から拾い上げる。


 左翼後方で素早く二人を下ろし、即座に戦場へ戻る。


 「なんなんだ……あの人は……。」


 呆然自失のまま、無意識につぶやきが落とされる。


 「あれが、あんたたちが馬鹿にした女騎士団長、アナスタシアさまだよ。」

 「女だから弱いって?これ見てそんな台詞が言える人間がいたら、会ってみたいね。」


 面白そうにフィルとエリックが笑った。

 


 圧倒的な戦力の差に第二騎士団の誰もが、目の前の光景に目を奪われている。

 自分たちを襲っていたパイアはすでに地面に倒れている。

 そのうえで、目の前に立ちふさがるパイアより巨大で、炎に包まれたファイアーボアも打ち臥せる。

 同時に立ちふさがった数体のガルムも一撃で撃破し、まっすぐに巨大フェンリルへ向かっているのだ。


 「さぁ、気を取り直してしっかり戦ってもらうよ。」

 「お荷物だったと笑われるわけにはいかないだろ!」


 フィルとエリックは交互に唖然と立ち尽くす騎士の背中を叩き、再戦を挑む。

 どうやら恐怖は打ち消されたようだ。

 戸惑っていた騎士たちに闘志が戻り、左翼陣営が機能を始めた。




 銀の鬣を逆立てて、フェンリルが咆哮をあげる。

 空気が震え、台地が揺れる。


 「ベヒモスを倒した我々に、フェンリルなど敵ではない!」


 咆哮がやむと同時に、今度はアナスタシアのよく通る声が響く。

 空に掲げた剣をフェンリルに突き付け、真っすぐに駆け抜けていく。


 カインとアナスタシアの身体が薄く緑色に輝いているのは、ルーカスの加護魔法だろう。


 「炎だ。」


 カインの刃に纏った炎が、アナスタシアの魔法でひときわ大きくなる。


 「そのままイケっ!」


 フェンリルの頭上高く舞い上がったカインは、青い剣を突き立てる。



 カキンッ



 カインの剣が弾き飛ばされる。


 「そんな、馬鹿な……」


 信じられずにつぶやいたカインの言葉が空中に消える。



 フェンリルの真っ赤な瞳が、空中に無防備に飛ばされたカインをとらえていた。

今週も、お読みいただきありがとうございました。


次週――

戦闘はついに佳境を迎え、

予想外の脅威に思考が奪われる。

圧倒的恐怖を前に、仲間を救うのは誰か――

そして、その戦いの後にある残酷な現実は、

アナスタシアの未来をどう変えるのか。


次週もお楽しみに!!


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