14.最悪の予感――忍び寄る絶望
騎士が生き残ってこそ、守れるたくさんの命がある――
その意思は、第三騎士団においては常識だ。
そして、前回と今回の討伐をもって、魔術師戦闘部隊と第二騎士団にも受け継がれることになった。
***
途中二か所の魔獣襲撃現場は、想像よりシンプルだった。農村の家屋の破壊状況や被害状況から、先日の群れ攻撃とほぼ同じと分析できたからだ。
「規模は、先日フェンリルが率いていたものより小さそうだ。ただ、リーダーは二頭いたようだな。」
アナスタシアの冷静な分析に、団員が息を呑む。
「ガルムとライプラス、魔狼と雷犬だな。」
「それでは統率ができたとは思えないのですが。」
「いや、その二頭をまとめていた奴がいる。」
「フェンリルですか?」
「四つ足ではない。おそらく人狼サバト、通称ワーロックだ。」
ほんのわずかな時間で、これだけの分析ができる。
どれほどの知識を持っているというのだろう。
状況分析が終わったのか、アナスタシアがミーヴァ湖の方角を黙って見つめている。
時間にして五分足らずだろうか。
生存者を確認に行った部隊が戻るころには、作戦が組み立てられていた。
ミーヴァ湖は、想像よりもこじんまりとした場所だった。
アナスタシアたちにとってありがたかったのは、湖が少し低地にあり、周囲から様子がうかがえることだった。分布図で確認したように湖周辺に大きな群れは見当たらない。
この静けさが、逆に不気味だな。
湖面は静かに青空を映し、波一つ立たない。
吹く風をみじんも感じさせないほど、草花一つ揺れていない。
湖畔にいるはずの虫や水鳥の音も聞こえず、まるでここだけが世界から断絶されたかのような無の世界。
それに――魔獣の気配がない――それが、何よりも異常だった。
様々な可能性を考えるが、納得いく答えにたどり着けない。
不明瞭な思考をいったん捨て、組み立てた作戦を告げる。
「ここから先は右翼に二部隊、左翼に二部隊。」
小隊を率いるフィル、エリック、ラルフ、ジャックと頷きあう。
「後援支援は一部隊、中央の戦闘部隊に四部隊で構成する。」
怒涛の勢いで部隊構成が決まっていく。それに呼応して、すぐさま小隊が結成される。
「前線は?」
「前回同様、カインとわたし、ルーカスも加わってくれるか?」
「もちろんです。」
第二騎士団からどよめきが漏れる。
前線に向かうのが、騎士団長、副団長、そして魔術師団の団長で、魔術師戦闘部隊の隊長だというのだ。
驚きも無理はないのかもしれない。
作戦は迷いなく組み上げられ、連携部隊は淀みなく次々と結成されていく。
第二騎士団員たちは言葉もなく息をすることさえ忘れた。
アナスタシアの指示は速く、正確だ。
張り詰める空気に――この戦いが中途半端な覚悟でなし得ないことを誰もが本能的に感じた。
目の前で指揮をするのは、ただの女騎士ではなく、戦場を支配する騎士団長だった。
「この作戦ならば、ワーロックがメインの討伐に?」
この陣を引くのであれば、ボスを一気に叩く算段だろうと、ルーカスがアナスタシアに確認を取る。
「襲撃地点の討伐をするならそうだが、ここでは何が出るか未知だ。ただ、大型と中型、恐らくB級以上の魔獣が確実に数体いると思っていいだろう。だから、わたしたちが先陣を切って奴らの戦力を探る。」
作戦の意図を確認すると、ルーカスは魔術師戦闘部隊の戦力を、カインは第二騎士団の団員を九つの小隊にわけてそれぞれ第三騎士団と組ませた。
「ここから先は、予期せぬ事態を予期してくれ。小隊の隊長の命令が成功の鍵となる。第三騎士団に従うことに不服があろうと、生きて帰りたければこれは絶対だ。隊長ども、一人も死なすなよ。」
アナスタシアが不敵に笑う。
その笑みの意味を即座に理解し、誰もが笑って頷いた。
「目的はスタンピード阻止。まずは右翼と左翼で側面遠方から戦力を探れ。戦闘部隊は二部隊ごとに、敵の正面からの攻撃に備えろ。陣形は隊長どもに任せる。広がりすぎて手薄な箇所をつくるなよ。後援支援は……」
メンバーを見てアナスタシアがルーカスに微笑む。
「遠方からの攻撃補助、治癒部隊は軽症のうちに怪我の処理をし、状況を見ながら魔力の温存、治療方法を変えてくれ。」
「はい。」
前回の戦闘で、第三騎士団の動きを完全に把握したのだろう。もしかしたら、ルーカスが共闘を視野に入れた訓練をしたのかもしれない。後援支援部隊のメンバーに一切の迷いがない。
「第二騎士団は、陣形を守り攻めよりも守りを意識して戦ってくれ。君たちは盾だ。」
短い指示に誰一人疑問の声を上げる者がいない。そんな状況に戸惑いながらも、第二騎士団たちは自分の部隊を確認している。
即席の連携ほど、戦場で扱いづらいものはないが、盾として動き、無駄に前に出なければいい。彼らも実力がある者たちばかりだ――ここは信じるしかない。
「行くぞ!」
アナスタシアの号令で、一斉に各部隊が動き出した。
――誰一人、死なせるものか。
静かに息を吐き、戦場となるミーヴァ湖を見据えた。
その静かな美しさに感じた違和感を、軽視すべきではなかった。
この戦いは、いつもの討伐と何かが違う――
のちに、燻った「最悪の予感」を無視して振り払ったことを、アナスタシアは後悔することになる。
それが、アナスタシアの胸に深く刻まれ、彼女の運命をも変える絶望の始まりだったことを、誰一人として知り得ることはなかった。




