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【魔導書】で得た知識を【古代詠唱10】再現し【雷詠唱5】を強化させた。単純に考えたら、負けるはずがないと思っていた【紫電】と【身体雷化】が通用していない。【紫電】となったことで放電まで操作できるようになったのにその電撃が、エリスの纏う半透明なクリスタル色の魔法に防がれてしまった。
魔法で牽制をしながら隙をついて特攻するのが難しくなった。いやハッキリ言って最高の一撃といっても過言ではない攻撃を軽々と受け止められたのだ。一撃でSランクとの力量差を思い知らされた気分だ。
「ならこういうのはどうだっ」
ロルル姉様直伝飛びつき腕ひしぎを決行した。打撃が人差し指だけで防がれたが、サブミッションならどうだろうか。人差し指を立てているエリスの右腕に絡みついた。飛びつきながら十字固めを決めようと、地面から足を離した。
手首を両手で、肩を両足で、それぞれがっちり固めて肘の関節を決めたと思ったのだが。俺はぶら下がったままだった。エリスの右腕も右肩も体軸も微動だにしていない。
「レッド君 軽いわね しっかり食べてるの?」
エリスはフっと微笑むと俺をぶら下げたまま右腕をヒョイと上に持ちあげた。その瞬間に、俺を地面にたたきつけるのだと容易に想像できた。急いで右腕から離れる。持ち前の機動力を生かして攻撃有効範囲スレスレで距離をとった。
「食べてますよ、それなりに」
「あらそうなの・・・ それにしたら小さくないかしら?」
小さいという言葉が、俺のガラスのハートを深くえぐってきた。身長の事は俺にとってタブーなのに。 最近やっと伸びてきてアルナと同じくらいになれたのに。
「どれだけ食べたって身長は変わらないんですよ!」
ちょっと本気で一発ダメージでも与えたい気分だ。【竜魔導】使っちゃおうかなー チラリと観客席のアルナに目を向けたら、首を横に振っていた。あいつは俺の心でも読めるんだろうか。
「あら? 戦闘中のよそ見は厳禁よ」
俺の鳩尾にミドルキックをブチ込んできた。なんとかエリスの軸足の左足が爪先立ちになり、腰を捻ったのを確認できてミドルキックが来ると予測し。ギリギリで回避することができた。後ろに転がるように躱してすぐに前を向く。
「反応も悪くは無いわね・・・ならこれならどうかしら?」
「モーションも媒体も無しですか!」
瞬きもできない刹那にエリスが展開した魔法陣が第三訓練所のグラウンドを覆った。本来、魔法陣を使って魔法を発動するには、それなりの準備が必要となるはずなのだ。俺の場合は、短剣を媒体にして魔力を流し、地面に短剣を突き刺すことで初めて魔法陣を展開する。しかし、エリスは媒体を使う素振りが無かった。何かしらのからくりはあるだろうが、簡単に見抜けるはずがない。ノートの街でも氷魔法の天才のエリーナが同じように魔方陣を展開したことがあった。
クリスタルが淡く光ったような魔法陣から、目測では数えきれないほどの新たな魔法陣が浮かび上がる。七色に光り輝くその光景は幻想的に見えた。
連結魔法陣。エリーナに何度教えを乞うても「まだ早い」と言われた代物だ。元となる魔法陣が異常に複雑なこと、大地の流脈を魔力に還元すること、【魔導書】で調べた内容だが、到底独学で練習しようと思えなかったんだ。俺の【身体雷化】がしょぼく見えるほど制御が困難でピーキーな最上級魔法だ。
ただそんな超高等技術の最上級魔法を冒険者でもない小僧へと普通に使うエリスの頭は可笑しいと思う。重要だから二度いっておこう。エリスは頭が狂っている。流石は【虐殺のエリス】だ。容赦がない。手加減という言葉を知らないのだと断言してやろう。
「あんたはアホかぁああああ! 氷よ 万物を凍てつく盾となれ 氷河壁盾!!!」
俺が待つ一番硬い防御魔法を発動した。【氷詠唱1】しか習得していない俺ではかなり厳しい魔法だが、そのくらいしなければ死ぬ! 視界いっぱいに広がったエリスの七色の連結魔法陣から俺を隔てるように、巨大な氷河が出現した。
エリスの連結魔法陣から信じられないほどの七色の魔法弾がガトリンガンのように打ち出された。それを氷河壁盾が防いでいるが少しずつ削られていく。
「氷よ 更なる高みへ 叫結」
【身体雷化】の電気を【紫電】へと昇華させた【古代詠唱10】と同じタイプの古代魔法だ。ただの氷では無くなり、触れた対象を凍てつかせる【叫結】。【魔導書】には触れた対象がまるで泣き叫ぶような音を立てて凍りつくのでこの名がついたと書かれていた。
七色の弾丸が氷河壁盾にぶつかると、一瞬で凍りつき、さらに氷河壁盾の壁を厚くするのだった。地獄の叫喚のような嫌な叫び声が第三訓練所に木霊してより一層不気味に聞こえる。
「何とか防いだか・・・痛っ」
分不相応の魔法を無理矢理発動して、強烈な頭痛が襲ってきた。