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「……ふぅ」
深呼吸をしたら少し落ち着いたので、狼をじーっと観察してみた。
ピンと立った耳に、犬より遥かに大きいであろう体(私自身が子供なので何とも言えないけど)。
木から差し込む日の光にさらされた、長めの毛は白銀で、先がきらきらと輝いている。
此方を見つめてくる瞳には聡明さがあって、あかずきんちゃんの童話のような、とても残忍な動物には見えない。
……こんな時でなんだけど、そういえば、狼って初めて見たなぁ。
ニホンオオカミは大分昔に絶滅してしまったし、外国に行ったこともないから、本物を見るのはこれが初めてだ。
「(…ていうか、意外と狼かっこいい)」
犬好きでよかった。いや、猫も好きだけれども。
──…じゃなくて。
「(襲ってこない)」
うん。私を餌だと認識していないみたいで良かった。
……喰われはしないよね?
「おおかみー」
頬が緩む。
元々、強そうな動物が好きなのだ。可愛いのも好きだけれど、それは愛玩対象として。
憧れるのはやっぱりかっこいいやつ。
その一つである狼が目の前にいて、しかも命の危険もないっぽい。
…あ。変な行動したら死ぬかもしれないけどね? 悪戯に刺激する行為は避けようと思います、はい。
「ウルフだねー」
ん、英語読みしたのに意味はないよ。
そうすること、さらに数分。
「(あーあ。いい加減に見つめ合う状況から抜け出したいかなー…)」
下手したら、このまま朝を迎えてしまいますけど。
……それだけは避けたい。
なぜって、家族に怒られるのは目に見えているからだ。
それは心配故。だから、余計に居たたまれない。
そんな事態になることだけは避けようと心の中で決めたレイラは、未だ微動だにしない銀狼へ、ゆっくりと歩を進めた。
日本人特有の、曖昧な笑みを…人好きのする笑顔を浮かべて。
別に、深く考えたわけじゃない。
こういう時に背中を見せたらアウトだと聞いたことがあるので、逆の対処をしてみただけだった。
だが、それは運の良いことに正解だったようで、襲われることなく、狼の至近距離まで近づくことが出来た。
「(……って、あれ? ちょ、近付いてどうすんの私!?)」
逆だ逆! 離れないとじゃん!
「……」
狼を見上げた格好で、そのまま再度停止した。
…さぁて、こっからどうしよう。
え、ええっと──
「…………狼さん、森から出る道を知りませんか?」
◆◇◆◇
「あ、この道知ってる!」
森が開けたところで目にしたのは、見覚えのある景色。
あそこに見えるのはおそらく、屋敷へと続く馬車道だ。
生きて森から出れたことに安堵しつつ、私は、後ろにいる狼へと振り向いた。
「ありがとう、狼さん!」
一時はどうなる事かと思ったけど、道案内までしてくれてありがとうごさいました。
──そんな気持ちをこめて、お礼を述べる。
ついでにぎゅっと抱きついてみる。
不意だったからか狼の尻尾がピクリと跳ねたけど、拒絶の意は示されない。よかった。
「(お、思った以上にふかふかしてる…っ!)」
しかも、狼自身の体温のおかげで微妙に暖かい。
……離れたくないかも。
もうしばらくこのまま、この感覚を満喫していようと、抱きつく腕に力を込め、
「──何してるんですか、お嬢様!」
イネの悲鳴で思わず手を放し──…イネ?
「あ、イネ。お帰りー」
「ええ、ただいま戻りまし…って、そんな場合じゃないですよ! 何してるんですか!?」
「……? 狼に抱きついてる」
「いや、それは狼じゃなく魔獣ですよ!?」
即返答が返ってくる。
…イネが焦っているところなんて初めて見るかも。
今日は初体験が多い日だなぁ。
「まじゅう? ……それは何だか知らないけど、かっこいいよね。この狼」
「魔獣というのは、普通の動物よりも非常に強く、また、魔術と呼ばれる異能を持つ者たちの総称です。
特徴は、体毛や羽や鱗が、混じりっ気のない色であることです」
「へぇー」
つまりはこの狼みたいな感じか。
ふむ。そう言われればそうだね……この世界の動物で、その色一色のやつなんて見たことないや。この狼以外は。
「それでですね。魔獣はおしなべてプライドが高く、他者に触れられることを極端に嫌います。
得意な魔術の分野や体質、性格は、魔術によって異なりますが──魔狼は、魔獣の中で一番走るのが速く、風使いに長けていると言われています」
それ、もっと早く教えて欲しかった!
近寄るのって逆効果だったんだね……。
「んー? どうして触ると駄目?」
「いや、魔狼自身が触るのを許しているのでしたら構わないのですが…。
レイラ様は魔術の事を教わっておりませんから、そのことを知らずに触れようとしていたのかと思いまして。
…触った瞬間に拒絶されて大怪我を負った例も少なくありませんからね」
何事もなくてよかったです、と微笑まれた。
「(…言えない。許可とる前に触っていただなんて言えない。触ったっていうよりも抱きついたっていうのが正しいんだけど……)」
知らぬ間に、死亡フラグを乱立していた事実が発覚しました。




