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「ねぇイネ、私この子と一緒に住みたい」
「……私の一存では何とも申し上げられませんので。一旦お屋敷に帰りましょうか、レイラ様?」
「? お母様は犬飼っても良いって言ってたよ? お父様は分からないけど」
私がそう答えると、イネは無言でこめかみを抑え、うなだれた。
「レイラ様、犬と魔狼は違うんですよ。…って、説明しませんでした?」
「した」
「……。それでしたら、魔狼が危険だとも分かりましたよね?」
「うん。…でも、この子は襲わないよ? だって、ぎゅーしても私怪我しなかったもん」
「……それはまた、随分と面妖な」
呆れたようにボソッと呟いたイネからは、何故だか疲れが滲んでいた。
「おかしい事じゃないよ。この子は優しいんだよ」
「魔獣は人を喰らうといいますが、それでも恐れませんか?」
「生きるためなんだから仕方ないじゃん。人間だって生き物の命を貰って生きてるんだから、ひとのこと言えないよ」
「……それもそうですね」
思うところがあったのだろう、思案顔で頷かれた。
──そういえば、日本には『いただきます』という言葉がある。
あれは、作ってくれた人への感謝を表すのと同時に、犠牲になった動物たちの命をいただきますって意味もあるんだ。
日本以外の国でも似たような言葉はあるけれど、それらのほとんどは、動植物に対しての感謝というよりは「食事を楽しもう」とか「神への感謝」という意味合いが強いらしい。
…話を元に戻そうか。
「ということで、連れて帰りたいです」
本人(狼)から拒否されたら仕方がないから諦めるけれど。
◆◇◆◇
──周りの人が、私たちを避けて通る。
仲の良い女の子たちは隠れてしまう。
ついこの間会ったときは元気に挨拶してくれた、近所の男の子たちでさえ、私たちを遠回しに見ている。
普通ならば、話しかけてきてくれるのに。
理由が分からなかったので彼らに向かって首を傾げたら、ひきつり笑いを返された。
……ふむ。心なしか皆の顔色が悪いような…?
一体、何だと言うのか。
内緒話みたいじゃないか、と膨れっ面をすると、隣から溜め息混じりの答えがもたらされた。
「…魔狼なんて、ほとんど伝説上の生き物ですからね。魔獣を知らない者も多いでしょうけど、大きさだけでも充分圧倒できますよ」
魔狼の体の大きさは、私の1.5倍くらい。
この国の女性平均身長であるイネの胸のあたりに耳の先端があるから、大人からしても結構大きいのだろう。
「っていうか、魔狼って伝説なんだ…。龍みたいなものなの?」
西洋には狼の魔物もいたはずだけど名前を覚えていないから何ともいえない。
ただ、伝説上の生き物って言われてパッと思いついたのが龍だったから、そう言っただけなのだが。
「龍はご存知なんですか!?」
私の台詞に驚いた表情で振り向いたイネに、戸惑いつつも肯定する。
「うん。有名だから」
「…龍も魔獣の一つですよ? 扱う魔術は水関係らしいです。
それと、魔獣が伝説と化しているのは、警戒心が強い故に、滅多に人の前に現れることがないからです」
「……ねぇ、それって一般教養?」
「いえ、一般教養ではありません。ですが、貴族としての常識ではあります」
「あー…。そういえばイネも貴族なんだっけ」
「えぇ、一応は。
三女でしかも第五子ですから、何をしようにも比較的自由でしたけどね」
──貴族の家に生まれた子で、長男次男以外は、別に貴族の位を継ぐことはないから、好きな職を選べる。
けれどもそれは、裏を返せば将来が不安定であるという事だ。
イネのようにそれを好む者もいれば、よほどのことがない限りは将来が約束されている『貴族の座』を欲する者もいる。
まぁ、ある程度の実力やカリスマ性がなければ、いくら長男であっても次期当主の座を剥奪されるだろうけど。
貴族の女性は、長女かつ男兄弟がいないという他は、実家を出て、他の家に嫁ぐ。
これは余談だが、政略結婚は貴族の中でも稀だし、双方が理解を示さなければ行われない。
この国では、男女とも結婚する人がほとんどだが、するもしないも自由だという風潮があるから、別に結婚しなくても構わない。
ちなみに私は、おそらく嫁ぐことになるのだろうと思う。私自身『貴族の座』に興味なんてないし…。
なにしろ、文武両道、容姿端麗、それに比例してカリスマ性もある兄が当主となるだろうから。
◆◇◆◇
──屋敷では、それほど大きな騒ぎは起きなかった。
多少はざわめいたけどね。
「もふもふー」
「……」
もうなんか、イネが色々と諦めた表情でこちらを見ているけど、気にしない。
「…魔獣をペット扱いって!」と恐れおののかれたが、スルーした。
世の中には、猛獣といわれてる虎とかライオンを飼ってる家もあるし、象を飼ってる家だってあるんだから。
「……そーいえば、お母様まだかな」
もう夕方の四時だから、そろそろ帰ってきても良い頃なんだけど。
「そう言われればそうですね。──あ、お帰りになられましたよ」
私の呟きに、ちらりと窓越しに外を見たイネは、そう報告してくれた。
ほとんど間を置かずに、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
「おかえり、お母様!」
母親の朗らかな声に応えるのは、妹の元気いっぱいの声。
いやー、二人ともテンション高いね。
「おかえりー」
私も、魔狼にもたれかかっていた体を起こし、部屋を出て、廊下から玄関ホールにいる母親へと声をかけた。
母はこちらにも向き直って笑顔を向けると、妹と私へと質問をしてきた。
曰く、「夕食は何が良い?」と。
…何でも、孤児院にて振る舞った料理が大好評だったらしく、それでご機嫌なのだとか(御者談)。
……ここで、「え? 貴族自ら作るの?」と思った方、手挙げてー。
けっこういると思います。だって、私も幼心ながらに思ったから。
──実を言うと、この屋敷にも料理人はいるのだ。しかも、腕が立って、おいしい料理を作ってくれる方々が。
朝食と昼食は彼らが作ってくれるが、夕食は母親が作る。これは、我が家の日常の一コマだ。
なんでも、母が言うには「腕が鈍ると困るもの」。
母親は料理をするのが好きで、そこそこに上手い。趣味の一部として、夕食だけは母親か作ることになっている。
ちなみに料理人たちは、使用人たちのような住み込み制じゃない。
これも、そういう理由だ。
(住み込みにするか否かは本人の意志で決められるけど、基本皆自宅に帰る。自宅が屋敷から近い者ばかりだし)
「クラーム食べたい」
「私は甘いもの!」
「甘いものは食事にならないよ、マリー」
クラームとは、クリームシチューのような、グラタンのようなもの。ちなみに、色はほんのりピンクがかった白だ。
「あら、それもそうね」
「(私がツッコまなかったら作ってたな、絶対!)」
「マリーが食べたいなら、デザートとして何か作りましょうか。…手伝ってくれる、レイラ?」
「わーい! やったぁっ!」
「りょーかい」
嬉しげにぴょんぴょんと跳ね回るマリーに微苦笑をもらした。
…あ、ちなみに、マリーは食べる専門です。だって彼女には『厨房立ち入り禁止令』が下ってるからね。




