第9話 嫉妬の静寂
大聖堂での公開審問まで、あと三日。
王城は静かな緊張に包まれていた。
廊下を歩けば視線が集まる。侍女たちは囁き、騎士たちは目を逸らす。私は“魔女”と噂される存在として、王城に立っている。
それでも背筋は伸ばす。
怯えれば、彼らの思う壺だ。
回廊の端に、黒い影が立っていた。
エヴァン。
王城内には入らないと宣言していたはずだが、外庭の警備という名目で滞在しているらしい。
「随分と堂々としている」
低い声。
「震えて見えますか」
「いや」
彼は近づく。
「だが無理はしている」
私は視線を逸らさない。
「審問に出る」
「聞いた」
「止めませんのね」
「止めても出る」
短い断言。
胸がわずかに温かくなる。
「教会はお前を潰す気だ」
「知っています」
「公開で異端と断じられれば、民衆は流れる」
「ええ」
「それでも出るか」
「出ます」
エヴァンは数秒、黙っていた。
「王太子のためか」
静かな問い。
「違います」
即答。
「私のためです」
「ならいい」
彼は壁にもたれる。
「揺れている顔をしている」
「……そう見えますか」
「王太子と何を話した」
核心。
「王妃に戻れと」
「断ったか」
「足りません、と」
エヴァンは目を細める。
「共に王に立つ、とでも言ったか」
私は小さく笑う。
「鋭いですわね」
「顔に出ている」
彼は一歩近づく。
「まだ未練がある」
言い切られる。
私は息を止める。
「未練ではありません」
「では何だ」
「過去です」
王太子との十年。
共に学び、共に未来を描いた時間。
それを切り捨てるには、まだ血が通っている。
「過去は重い」
エヴァンが言う。
「だが未来はもっと重い」
その瞳が、私をまっすぐに射抜く。
「俺はお前の未来にいる」
心臓が強く打つ。
彼は淡々と続ける。
「王太子は過去だ。守ろうとした男。だが守れなかった」
「……」
「俺は守らない」
低い声。
「選ばせる」
その言葉が、胸に刺さる。
「選べ」と、何度も言う。
強要しない。
縛らない。
だが逃がさない。
「エヴァン」
「何だ」
「もし私が王太子を選んだら」
彼は瞬きもしない。
「そのときは敵だ」
迷いのない答え。
「剣を向ける」
「愛していても?」
一瞬だけ、空気が揺れる。
「愛していても」
その覚悟に、息が詰まる。
甘さはない。
だが誠実だ。
足音が響く。
振り返ると、アレクシスが立っていた。
「敵国の将と親しげだな」
声音は静かだが、目が笑っていない。
「護衛ですわ」
「必要ない」
「必要です」
私が言う。
王太子の視線がエヴァンに向く。
「王都近郊に軍を展開していると聞いた」
「事実だ」
エヴァンは動じない。
「牽制か」
「保険だ」
二人の間に緊張が走る。
私は一歩前に出る。
「殿下」
「何だ」
「彼は私の味方です」
「信用できるのか」
「今は」
王太子の視線が鋭くなる。
「“今は”?」
「王になるなら、敵にも味方にもなり得る存在は必要です」
あえて挑発する。
彼は苦笑する。
「野心家だな」
「今さらです」
沈黙。
やがて王太子は言う。
「三日後の審問、私も出る」
「当然ですわ」
「君を守るためではない」
「存じています」
「王家の威信を守るためだ」
「それで結構です」
私たちは互いに一歩も引かない。
エヴァンが低く笑う。
「面白い」
王太子が睨む。
「何がおかしい」
「王が二人いる」
空気が張り詰める。
私は静かに言う。
「いいえ」
視線を二人に向ける。
「まだ、誰も王ではありません」
三日後。
大聖堂で。
選ばれるのは。
王か。
魔女か。
あるいは。
新しい秩序か。
胸の奥の兆しが、強く脈打つ。
血が、玉座を呼んでいる。
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