第10話 大聖堂の魔女
三日後。
大聖堂は、異様な熱気に包まれていた。
白亜の柱、天井高く掲げられた聖印、燭台に揺れる無数の炎。信徒、貴族、騎士、そして好奇の目をした市民たちが押し寄せ、石造りの空間はざわめきで満ちている。
中央の祭壇前。
私は一人、立っていた。
白い簡素なドレス。王妃候補の華美はない。だが背筋は真っ直ぐに伸ばす。
対面には、大司教。
「レティシア・アルヴェーン」
重く響く声。
「汝は王家の血を騙り、戴冠の兆しなる異端の力を振るい、王国を混乱に陥れた疑いがある」
ざわめき。
“魔女”という囁きが波のように広がる。
「弁明はあるか」
私は視線を巡らせる。
最前列に王太子アレクシス。
その背後に王家の騎士団。
外縁には、黒い外套の影――エヴァン。
全員が見ている。
「ございます」
静かに答える。
「まず、王家の血を騙った覚えはございません」
「ならば、戴冠の兆しは何だ」
「王家の記録に残る現象です」
私は視線を大司教へ戻す。
「異端と断じる根拠をお示しください」
ざわめきが強まる。
大司教の目が鋭くなる。
「王太子に宿るべき力が、なぜ汝に」
「それを問うなら、王家に問うべきでは」
空気が凍る。
王家と教会の微妙な均衡に、私は楔を打つ。
「僭越だ!」
「魔女め!」
声が飛ぶ。
だが私は動じない。
「私が混乱を招いたとおっしゃる」
声を張る。
「では問います。教会前での衝突は、なぜ起きたのですか」
大司教の表情がわずかに変わる。
「それは反教会派の扇動で――」
「扇動が起きるほどの疑念があったからでは?」
沈黙。
私は一歩前へ出る。
「横領疑惑。密約草案。これらを否定なさいますか」
どよめき。
王太子が静かに立ち上がる。
「監査は進行中だ」
その一言で、場の空気が変わる。
王家が教会に楯突いた。
大司教の顔が強張る。
「殿下、それは――」
「審問は彼女の異端性を問う場だ。教会の潔白を証明する場ではない」
低く、強い声。
胸が揺れる。
守られている。
だが。
「殿下」
私は振り向く。
「これは私の審問です」
彼の目がわずかに見開かれる。
私は再び大司教へ向き直る。
「戴冠の兆しが異端だと仰るなら」
胸元に手を当てる。
「ここで証明いたしましょう」
息を呑む音。
大司教が叫ぶ。
「やめよ!」
だが遅い。
私は目を閉じ、魔力を解き放つ。
胸の奥で脈打つ熱。
血が騒ぐ。
遠く、王城の中心にある玉座の魔導石と共鳴する。
次の瞬間。
大聖堂の天井に刻まれた王家の紋章が、淡く光を放った。
ざわめきが悲鳴へと変わる。
「紋章が……!」
「王家の光だ!」
大司教が後ずさる。
「まやかしだ!」
「ならば止めてみせてくださいませ」
私は目を開く。
視界が金色に染まる。
光は私からではない。
王家の紋章から、玉座から。
まるで“呼応”するように。
王太子が息を呑む。
「……本物だ」
彼は理解している。
この現象が、王家の記録通りであることを。
光はやがて収まり、静寂が落ちる。
私は深く息を吐く。
「異端でしょうか」
誰も答えない。
大司教の顔が歪む。
「危険だ……その力は国を割る」
「割れるのは、力のせいではありません」
私は静かに言う。
「恐れのせいです」
視線を民衆へ向ける。
「私は王位を奪うと宣言した覚えはございません」
まだ、ない。
「ただ、選ばれた可能性があると示しただけ」
王太子が一歩前へ出る。
「レティシア・アルヴェーンは異端ではない」
はっきりと宣言する。
「王家の血に宿る力だ」
大司教が叫ぶ。
「殿下、それでは王位継承の秩序が!」
「秩序は王家が決める」
空気が張り詰める。
私は胸の鼓動を感じながら、二人を見る。
教会。
王家。
そして私。
エヴァンの視線が背中に刺さる。
選べ、と。
まだ選ばない。
今は。
私はゆっくりと頭を下げる。
「審問をお受けいたしました」
顔を上げる。
「次は、王家が選ぶ番です」
大聖堂の扉が開き、光が差し込む。
民衆のざわめきは、恐怖から熱へと変わりつつあった。
魔女ではない。
王の兆し。
その言葉が、広がっていく。
私は静かに思う。
ここからが、本当の戦い。
恋も、玉座も。
もう後戻りはできない。




