第6話 王都の噂
王都では、噂が形を持ち始めていた。
――王家の血が、選び直したらしい。
――戴冠の兆しが、別の者に宿ったとか。
――婚約破棄されたあの令嬢が怪しい。
北境にいながらも、そのざわめきは風に乗って届く。
エヴァンの配下がもたらす報告は、日に日に熱を帯びていた。
「教会は噂を否定。だが完全には抑え込めていない」
「学者たちが古文書を調べ始めています」
「王城の魔導石が一度だけ異常反応を示したとの報告も」
私は焚き火の前で、静かに目を閉じた。
あのときの共鳴。
王都の中心と、私の胸元が確かに呼応した。
偶然ではない。
「王太子は?」
エヴァンが問う。
「沈黙している。ただし教会への監査は継続中」
彼は顎に手を当てる。
「揺れているな」
「ええ」
私は立ち上がる。
「王太子殿下は、常に“最善”を選ぼうとする方です」
「それでお前を切った」
「そう」
だからこそ。
「今、王都が揺れているなら、彼は動きます」
「どう動く」
「私を排除するか、利用するか」
エヴァンは目を細める。
「利用される可能性もある」
「承知しています」
「王妃に戻され、飼い殺される」
「それでも構いません」
彼の視線が鋭くなる。
「本気か」
「玉座に近づけるなら」
私は微笑む。
エヴァンはしばらく黙り込み、やがて低く言った。
「王になる覚悟は見える。だが人を捨てる覚悟は」
「捨ててはいません」
「ならなぜ迷わない」
迷っている。
だが迷いを見せれば、足元を掬われる。
私は視線を逸らさない。
「迷いは夜に済ませます」
エヴァンは小さく笑った。
「強がりだな」
「強くなければ、生き残れません」
そのとき、伝令が再び駆け込んできた。
「報告! 王都より正式な書状が北境修道院に届きました!」
胸が一瞬、強く打つ。
「内容は?」
「レティシア・アルヴェーンを王都へ召還せよ、との命令書です」
マリアが息を呑む。
エヴァンが私を見る。
「来たな」
私はゆっくりと息を吐いた。
招かれた。
追放された令嬢ではなく。
“必要とされる存在”として。
「差出人は」
「王太子アレクシス殿下」
静寂。
風が木々を揺らす。
私は空を見上げた。
やはり、動いた。
「理由は」
「王家の血統に関する重要事項の確認のため、と」
曖昧だ。
だが十分。
王太子は教会に対抗するカードを必要としている。
それが私。
エヴァンが近づく。
「行くか」
「行きます」
「罠の可能性もある」
「当然です」
私はマリアを見る。
「準備を」
「はい」
彼女は頷き、馬車へ向かう。
エヴァンは私の前に立った。
「俺も同行する」
「敵国の将軍が?」
「国境までだ」
彼は低く言う。
「王都に近づけば、軍を展開する。牽制だ」
「脅しですか」
「保険だ」
私は少しだけ笑った。
「頼もしいですわ」
「勘違いするな」
彼の灰色の瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「お前が死ねば、俺の計画も崩れる」
「計画?」
「内紛を利用する計画だ」
正直だ。
だがその奥に、わずかな感情が混じっているのを、私は見逃さない。
「将軍」
「何だ」
「私が王になったら、どうしますか」
彼は一瞬、言葉を失う。
「そのとき考える」
「逃げませんか」
「逃げるなら、最初から関わらない」
その答えに、胸の奥がわずかに温かくなる。
危険だ。
情は刃を鈍らせる。
私は視線を逸らす。
「王都へ戻ります」
決意を口にする。
「ですが一つ」
「何だ」
「私はもう、守られる令嬢ではありません」
「知っている」
「王太子殿下がどんな言葉を並べようと、私は選びます」
エヴァンは静かに頷いた。
「選べ」
その声は低く、揺るがない。
私は馬車に乗り込む。
王都への帰路。
かつては夢と希望を抱いて進んだ道。
今は、覚悟と罪を抱いて戻る。
胸元の兆しが、再び微かに脈打つ。
玉座が、呼んでいる。
あるいは、血が。
私は小さく呟いた。
「お待たせいたしました、王都」
追放された駒は。
盤上へ帰還する。
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