表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

第3話 取引の代償

 賊の死体は森の闇に沈み、夜は何事もなかったかのように静まり返った。


 焚き火の火が、ぱちりと弾ける。


 護衛兵たちは負傷者の手当てに追われ、マリアは震える手で湯を沸かしている。私は少し離れた倒木に腰を下ろし、炎を見つめていた。


 向かい側に、エヴァンが立つ。


「情報と言ったな」


 直球だ。


「ええ」


「どこまで知っている」


 私は指先で薪を転がし、火の勢いを整える。


「聖教会の財務帳簿の写し。王太子殿下の側近の出入り記録。北方伯と教会の密約草案」


 護衛兵の一人が息を呑む音がした。


 エヴァンの目が細まる。


「なぜ持っている」


「王妃教育の一環ですわ。財政監査も学びますもの」


 半分は嘘。半分は本当。


 実際には、私は疑っていた。教会の金の流れを。王太子の焦燥を。だから自ら調べた。


「それをどうする」


「あなたの国に渡すこともできます」


 森の空気が一瞬で冷える。


 敵国の将軍に、国家機密を。


「だがそれでは足りない」


 私は続ける。


「私は、王都を揺らしたいのです」


 焚き火が揺らめく。


「揺らす?」


「ええ。教会と王家の均衡を」


 エヴァンはしばらく黙っていた。


「目的は」


「……問い直しますわ。あなたの目的は?」


 彼の瞳がわずかに動く。


「ヴァルディアは、王国の内紛を望んでいるはず。北方の関税、鉱山権、聖教会の影響力。どれもあなた方にとって障害でしょう?」


 彼は否定しない。


「内紛が起きれば、国境は緩む」


「ええ」


「だが、民が死ぬ」


 焚き火の火が、ぱちりと弾ける。


 私は視線を逸らさない。


「戦争が起きても死にます」


「それはお前の国だ」


「もう違いますわ」


 静かに言い切る。


 沈黙が落ちる。


 エヴァンは私を観察するように見つめた。


「覚悟はあるか」


「何の」


「揺らした先の責任だ」


 責任。


 王太子が選んだ言葉。


 王として最善を選んだ、と。


 ならば。


「ございます」


 即答する。


「私が揺らしたのなら、私が支えます」


「王になるつもりか」


 問いは鋭い。


 私は微笑む。


「なれるなら」


 彼は鼻で笑う。


「王を舐めるな」


「舐めていません」


 胸元が熱を帯びる。


「王になる資質が、あるかどうかを試したいだけです」


 エヴァンの視線が、私の胸に一瞬落ちる。そこに宿る何かを感じ取ったかのように。


「……王家の魔力か」


 私は答えない。


 彼は小さく息を吐く。


「いいだろう」


 焚き火の火が、彼の横顔を赤く染める。


「取引を受ける。ただし条件がある」


「お聞きします」


「情報は段階的に渡せ。まずは小さな石を投げろ。王都の水面がどう揺れるかを見る」


「賢明ですわ」


「そしてもう一つ」


 彼は一歩、私に近づく。


「俺を利用するなら、最後まで利用しろ。途中で情に流れるな」


 心臓が一瞬、跳ねた。


「泣かない女は信用しないと言ったでしょう」


「泣くなとは言っていない」


 低い声。


「迷うなと言っている」


 焚き火の向こうで、マリアがこちらを不安げに見ている。


 私はゆっくりと立ち上がった。


「では、最初の石を」


 懐から、小さな封書を取り出す。


「これは?」


「北方伯と教会の裏取引の証拠。まだ確定ではありませんが、疑いを抱かせるには十分」


「これをどうする」


「あなたの配下に渡してください。王都の反教会派貴族へ匿名で届けさせる」


 エヴァンは封書を受け取る。


「暴動が起きる可能性がある」


「承知しています」


「無関係な商人や市民が巻き込まれる」


 わずかな間。


「……承知しています」


 自分の声が、思ったよりも硬い。


 彼はじっと私を見つめた。


「想定していたか」


「ええ」


 嘘ではない。


 計算の中に、民の混乱も含まれている。


 王都が揺れれば、王家は動く。教会も動く。その隙間が、私の帰還の道になる。


 だが代償は。


 焚き火の火が小さく揺れる。


 エヴァンは封書を懐に収めた。


「明朝、伝令を出す」


「ありがとうございます」


「礼を言うな」


 彼は背を向ける。


「これは戦だ」


 森の闇へと歩み去るその背を見送りながら、私は自分の掌を見る。


 震えていない。


 恐怖も、罪悪感も、今は薄い。


 だが夜が深まれば、きっと思い出すだろう。王都の市場で笑っていた子供たちの顔を。王宮の庭で花を摘んでいた侍女たちの姿を。


 それでも。


 私は目を閉じる。


「……遅いのです」


 選ばなかったのは、あちらだ。


 私を切り捨てたのは、王都だ。


 ならば私は、遠慮なく揺らす。


 焚き火の火が、最後の薪を飲み込む。


 火の粉が空へ舞い上がり、夜に消えた。


 その小さな火種が、やがて王都全体を焼くことになるとは。


 まだ、誰も知らない。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ