第27話 王は独りではない
医務室は、玉座の間とは違う静けさに包まれていた。
王となったばかりの私は、まだ王冠を外していない。
重いまま、ここまで歩いてきた。
扉の前で、深く息を吸う。
開ける。
窓から差し込む朝の光。
ベッドに横たわる男。
黒騎士エヴァン。
傷口には新しい包帯が巻かれている。
眠っているように見えたが――
「王の足音は重いな」
目が開く。
灰色の瞳が、まっすぐに私を捉える。
胸の奥がほどける。
「……生きていますね」
「死ぬつもりはない」
かすれた声だが、いつもの調子。
私は近づく。
玉座の間では崩れなかった心が、ここで揺れる。
「王になったか」
「ええ」
「似合っている」
その言葉に、ようやく涙が滲む。
「あなたのせいです」
「何が」
「矢を受けるなど」
「間に合っただけだ」
彼は微笑む。
「王を守った」
私は首を振る。
「守られました」
「違う」
低い声。
「お前はもう守られる立場じゃない」
胸が痛む。
私はベッドの横に膝をつく。
王としてではなく。
一人の女として。
「エヴァン」
「何だ」
「私は王です」
「知っている」
「王は独りだと、思っていました」
灰色の瞳が柔らぐ。
「だが違う」
静かに言う。
「独りではいられない」
彼はじっと私を見る。
「選ぶのか」
問い。
最後の。
私は息を整える。
「三ヶ月、凍らせました」
「長かったな」
「ええ」
「で?」
逃げ道はない。
玉座よりも高い選択。
「私は王になります」
「もうなっている」
「そして」
手を伸ばす。
彼の手を取る。
今度は迷わない。
「あなたを選びます」
静寂。
彼の瞳が揺れる。
「敵国の将だぞ」
「関係ありません」
「内乱の火種になる」
「なら火を消します」
はっきりと言う。
「王として」
彼は苦笑する。
「残酷な女だ」
「知っています」
「王になっても、俺を側に置くのか」
「王は一人」
一拍。
「でも私は独りではない」
その言葉が、ようやく形になる。
彼はゆっくりと起き上がる。
痛みに顔を歪めながら。
「逆求婚か」
「ええ」
「条件がある」
「何ですか」
「俺はお前を止める」
真剣な瞳。
「王として暴走するなら、剣を向ける」
胸が熱くなる。
「望むところです」
彼は笑う。
「なら受ける」
その瞬間。
凍っていた感情が、溶ける。
私は王冠を外し、ベッド脇の机に置く。
王としてではなく。
選んだ女として。
彼の額にそっと触れる。
「陛下」
背後から声。
振り向くと、アレクシスが立っていた。
静かな微笑み。
「邪魔をしたか」
「いいえ」
私は立ち上がる。
「来てくださってありがとうございます」
彼はエヴァンを見る。
「命を救ったな」
「王を守っただけだ」
「借りは返す」
短いやり取り。
だが敵意はない。
アレクシスは私を見る。
「幸せになれ」
その言葉が、胸を締め付ける。
「殿下も」
「もう殿下ではない」
小さく笑う。
「臣下だ」
私は頭を下げる。
「頼りにしています」
彼は頷き、部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静かな朝。
私はエヴァンを見る。
「これから大変ですよ」
「知っている」
「敵も多い」
「構わない」
彼は手を握り返す。
「王を選んだ」
私は微笑む。
「いいえ」
ゆっくりと。
「王になっても、愛を選びました」
窓の外で鐘が鳴る。
新しい王の朝を告げる音。
私は立ち上がる。
玉座へ戻るために。
だが今度は。
独りではない。
悪女と呼ばれても構わない。
それでも私は。
この国と、この愛を選ぶ。
王として。
一人の女として。
物語は、ここで終わる。
――王は一人。
けれど私は、独りではない。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、「婚約破棄された令嬢が王になる」という分かりやすい入口から始まりましたが、私が一番書きたかったのは――
“選ばれなかった側が、選ぶ側になる瞬間”でした。
レティシアは最初、守られる立場から外れた少女でした。
婚約を失い、地位を失い、信用を疑われる。
けれど彼女は、「誰かに選ばれる」ことをやめ、「自分で選ぶ」ことを選択します。
王位も。
恋も。
孤独である覚悟も。
そして最後に、王になったうえで愛を選びました。
王になるために恋を捨てる物語ではなく、
王になってもなお、愛を捨てない物語にしたかったのです。
アレクシスは敗北しましたが、格を落とさずに退きました。
彼は最後まで王の器でした。
エヴァンは奪うと言いながら、最後は支えることを選びました。
彼は剣でなく覚悟で隣に立つ男です。
そしてレティシアは――
悪女と呼ばれても、王であることを選びました。
この三人の関係は、勝ち負けだけでは語れないものになっていれば嬉しいです。
もしこの物語を少しでも面白いと感じていただけたなら、
評価や感想をいただけると、作者はとても励みになります。
王の物語はここで終わりますが、
彼女の治世はまだ始まったばかりです。
またどこかでお会いできましたら幸いです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




