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第20話 傷だらけの王子

 夜の告白から三日。


 王城は静かに、だが確実に軋んでいた。


 私と王太子の競合は公然のものとなり、教会は静観を装いながら裏で支持者を固めている。


 そして。


 アレクシスは、無理をしていた。


 執務室の灯りは深夜まで消えない。


 監査報告、軍備再編案、教会穏健派との交渉。


 王としての正しさを、積み上げ続けている。


 それが彼の戦い方だ。


 私は夜更け、静かに執務室を訪れた。


 扉の向こうで、書類の落ちる音がした。


「殿下?」


 入ると、彼は椅子にもたれたまま、目を閉じていた。


 机の上には未処理の書類の山。


 そして――。


 包帯。


 腕に巻かれている。


「……無理をなさっています」


 彼が目を開ける。


「君か」


 微かな笑み。


「寝てください」


「寝ている時間はない」


「王は倒れても務まりません」


「倒れない」


 即答。


 だがその声は、少し掠れている。


「広場での混乱」


 彼が言う。


「私は守れなかった」


「守りました」


「君が子供を抱き上げた」


「役割分担です」


 沈黙。


「君は強い」


「殿下も」


「違う」


 彼は首を振る。


「私は、揺れている」


 珍しく、弱い声。


「恋を凍らせると言われてから」


 胸が痛む。


「君が遠い」


「距離は必要です」


「分かっている」


 彼は立ち上がる。


 ふらつく。


 思わず支える。


 触れてしまった。


 彼の体温が伝わる。


「触れないと言った」


「今は構いません」


 皮肉に笑う。


「優しいな」


「合理的です」


「嘘だ」


 彼は私を見つめる。


「まだ愛している」


 言い切る。


 逃げ場がない。


「殿下」


「何だ」


「王になれますか」


 唐突な問い。


「なれる」


「愛を捨てて?」


 沈黙。


 彼は答えない。


「私は捨てません」


 静かに言う。


「凍らせるだけ」


「その先は」


「……分かりません」


 彼は笑う。


 どこか自嘲気味に。


「君は残酷だ」


「殿下も」


「なぜだ」


「私と争うから」


 視線が絡む。


 恋人なら、手を取り合えた。


 だが今は。


「レティシア」


「はい」


「もし私が王になったら」


「ええ」


「君を王妃にする」


 迷いのない宣言。


「それでも君は争うか」


 胸が締め付けられる。


「争います」


 はっきりと。


 彼の瞳が揺れる。


「……本当に変わった」


「殿下が変えたのです」


 私は彼の腕の包帯を見つめる。


「怪我の理由は」


「些細なことだ」


「些細ではありません」


 包帯をほどく。


 浅い切り傷。


「刺客の取り調べで」


「怒りで剣を振ったのですか」


 彼は否定しない。


「王は怒りで動きません」


「分かっている」


「なら、私を理由に傷つかないで」


 彼の瞳が揺れる。


「理由ではない」


「なら何ですか」


「……恐怖だ」


 初めて聞く声。


「君を失うことへの」


 胸が痛い。


 だが。


「王になるなら」


 静かに言う。


「恐怖と共に立ってください」


 彼は目を閉じる。


「厳しいな」


「王になる女ですから」


 包帯を巻き直す。


 その手が少し震えていることに、彼は気づいていない。


「レティシア」


「はい」


「三ヶ月後」


「ええ」


「私が勝っても、君を愛している」


「私が勝っても、殿下を尊敬しています」


 恋人の言葉ではない。


 だが本心。


 彼は静かに笑う。


「それが一番、辛い」


 私は答えられない。


 部屋を出る。


 廊下の影に、黒い外套が見えた。


 エヴァン。


「話は終わったか」


「ええ」


「泣いたか」


「泣いていません」


「強がるな」


 彼は近づく。


「王太子は揺れている」


「ええ」


「お前は」


「揺れています」


 正直に言う。


 エヴァンの瞳が柔らぐ。


「なら、俺は揺れない」


「どうして」


「お前が揺れている分、俺が立つ」


 胸が締め付けられる。


 この男は。


 奪うと言いながら。


 支える。


 三ヶ月。


 王位と恋。


 どちらが先に崩れるのか。


 まだ、誰にも分からない。


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