第19話 夜の告白
混乱の収束後、王城は静まり返っていた。
夜。
庭園にひとり立つ。
三つ巴の広場。
民を守った王太子の背。
私を見る彼の瞳。
そして、煙の中を迷いなく駆け抜けた黒い影。
選ばないと決めたはずなのに。
心は静まらない。
「冷えるぞ」
背後から声。
振り返るまでもない。
「エヴァン」
「怪我は」
「ありません」
彼は私の頬に残る薄い傷跡を見る。
指が伸びる。
触れかけて、止まる。
「触れないでくださいと言った」
「覚えている」
だが距離は近い。
「今日の広場」
彼が言う。
「王太子は良い王になる」
「ええ」
「お前もだ」
「……ええ」
夜風が揺れる。
「なら、どちらかが傷つく」
「分かっています」
「分かっていない」
低い声。
「傷つくのは俺かもしれない」
息が止まる。
「それでもいいの?」
「よくない」
即答。
「だが退かない」
灰色の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「レティシア」
名を呼ぶ。
「俺はお前を愛している」
空気が止まる。
告白。
明確な。
逃げ場のない言葉。
「王位を狙う女でも」
「敵国の将でも?」
「それでもだ」
迷いがない。
「お前が王になっても、隣に立ちたい」
心臓が強く打つ。
「敵でしょう」
「そのときは敵だ」
「ならば」
「それでもだ」
言い切る。
「敵であっても愛する」
息が乱れる。
重い。
甘くない。
覚悟の愛。
「エヴァン」
「何だ」
「私はまだ選びません」
「知っている」
「それでも?」
「待たないと言った」
彼は一歩近づく。
「奪う」
顎に触れる。
今度は止まらない。
指が頬に触れる。
熱い。
「やめて」
「嫌か」
嫌ではない。
それが、怖い。
「私は王になる」
「知っている」
「情に流れれば負けます」
「なら流れるな」
静かな声。
「だが俺を遠ざけるな」
そのとき。
「レティシア」
別の声。
王太子。
回廊の陰から現れる。
視線が、絡み合った距離を捉える。
沈黙。
夜の空気が凍る。
「……邪魔をしたか」
声は冷静。
だが瞳は違う。
私は一歩下がる。
「何かご用ですか」
「ある」
王太子は近づく。
「今夜、正式に告げるつもりだった」
エヴァンを一瞥する。
「退いてもらえるか」
「嫌だと言ったら」
「王命だ」
静かな応酬。
私は二人の間に立つ。
「やめてください」
王太子が私を見る。
「君に言う」
真っ直ぐな瞳。
「私は君を愛している」
はっきりと。
「王位を争っていても、愛は変わらない」
胸が揺れる。
「王としても」
「男としても」
低く続ける。
「君が欲しい」
重い。
二人の告白が、同じ夜に。
私は息を整える。
「……残酷ですね」
「何がだ」
二人同時に問う。
「選ばないと言ったのに」
静かに言う。
「なぜ今、言うのですか」
王太子が答える。
「奪われる前に伝えたかった」
エヴァンが続ける。
「奪う前に伝えた」
私は目を閉じる。
胸が痛い。
好きだった人。
好きになりかけている人。
そして玉座。
「私は」
目を開ける。
「王になります」
二人の表情が硬くなる。
「三ヶ月後、どちらが王か決まります」
視線をまっすぐ向ける。
「そのときまで、恋は凍らせます」
沈黙。
「それでも待つ」
エヴァン。
「それでも争う」
王太子。
私は微笑む。
「ありがとうございます」
涙は流さない。
だが胸の奥で、何かがひび割れる。
凍らせたはずの感情が。
夜空を見上げる。
星が冷たく瞬く。
三ヶ月。
恋と王位の戦いは、まだ始まったばかり。
だが確実に。
誰かが壊れる。




