第17話 民意
三ヶ月。
期限が定まった瞬間から、王都の空気は一変した。
王位は既定路線ではない。
選ばれる。
王太子か。
それとも私か。
重臣たちは計算を始め、貴族たちは風向きを読み、民衆は噂を広げる。
王都の市場を歩く。
護衛は最小限。
私はあえて公の場へ出た。
民意を知るため。
そして見せるため。
「……あれが」
「戴冠の兆しの」
「魔女じゃないらしい」
視線が集まる。
恐れよりも、好奇心が勝っている。
露店の前で足を止める。
パン屋の老婦人が、私をじっと見る。
「怖くないのかい」
率直な問い。
「何がでしょう」
「王になるなんて」
私は少し考える。
「怖いです」
正直に答える。
ざわめきが止まる。
「ですが」
老婦人の目を見る。
「怖いからこそ、逃げません」
沈黙。
やがて老婦人は笑う。
「正直だね」
焼きたてのパンを差し出す。
「これ、持っていきな」
私は受け取る。
「ありがとうございます」
小さな拍手がどこかで起こる。
それは大きな歓声ではない。
だが確かに、空気が変わった。
遠くから見ていた影がある。
王太子。
彼もまた、市場を視察していた。
目が合う。
競い合うように、別の方向へ歩き出す。
民意の奪い合い。
恋ではなく。
王として。
回廊に戻ると、リカルドが待っていた。
王太子の側近。
冷たい視線。
「巧妙だ」
「何がでしょう」
「弱さを見せる」
淡々と告げる。
「民は完璧な王を恐れる。だが揺れる王は愛する」
私は微笑む。
「分析ありがとうございます」
「あなたは殿下を傷つける」
はっきりと言う。
「それは避けられないでしょう」
「殿下はあなたをまだ愛している」
「存じています」
「ならば退くべきだ」
私は首を振る。
「それはできません」
「野心か」
「責任です」
リカルドの目がわずかに細まる。
「あなたは冷酷だ」
「王になるなら」
静かに返す。
「冷酷でなければ務まりません」
彼はそれ以上何も言わず、去っていった。
夜。
庭園で一人、考える。
三ヶ月。
政務では王太子が優位。
軍事では私に分がある。
民意は、まだ拮抗。
「考え込むな」
背後から声。
エヴァン。
「王の顔だな」
「まだ候補です」
「だが目が変わった」
彼は隣に立つ。
「何を失う覚悟をした」
問いは鋭い。
「……愛」
小さく答える。
「どちらの」
「両方」
彼は静かに息を吐く。
「俺は失わない」
「失うかもしれません」
「奪うと言った」
夜風が吹く。
「王になる女を愛するのは、楽じゃない」
「ええ」
「だが面白い」
灰色の瞳が柔らかい。
「三ヶ月で勝て」
「命令?」
「願いだ」
その違いが、胸を揺らす。
遠くで鐘が鳴る。
王都は動いている。
王太子も動いている。
教会も、きっと。
私は空を見上げる。
選ばないと決めた。
だが選ばない時間が、最も誰かを傷つけている。
それでも。
王になる。
そのために。
恋を、凍らせる。




