【誰の専属料理人?】 4
ジェシーが慣れた演技でポールに笑顔で言う。
「ねっ、ダーリン。今日だって、これから帰ったら早速美味しい料理を作るつもりだったんだもんねぇっ」
「そうですね」
……確かに屋敷に帰宅したら、ディナーの準備に取りかかる。
嘘は言っていない。
「ダーリンには食べてもらって、味の感想を聞くつもりだったんだもんねぇっ」
「そうですね」
……ウォール様達にお出しする前に、ちゃんと出来ているか味見をすることはある。
嘘は言っていない。
しかし、強いて疑問点があるとすれば。
「そのダーリンとは何ですか?」
「んもーっ、ダーリンったらぁ、人前だからって照れなくたっていいのにぃーっ」
……満面の笑顔を一切崩していない。慣れた演技です、見習いましょう。
ポールが真顔で感心していると……身体をワナワナと震わせながら、アンバーが怒鳴るように言った。
「認めない! 俺は認めないぞ! こんなのは演技だ! 恋人のフリをしているだけだ!」
ジェシーが内心どきっとなった。
ポールは顔には出さなかったが、アンバーの勘の鋭さに感心した。
アンバーが二人に人差し指を突きつけて怒鳴り声を上げる。
「本当に恋人同士だというのなら、証拠を見せろ証拠を!」
「しょ、証拠⁉」
「恋人ならキスくらい出来るはずだ!」
「えぇっ⁉ き、きすぅっ⁉」
ジェシーが心底びっくりした顔をする。まさかこんな人前でそんな要求をされるとは思っていなかったのだ。
彼らの騒ぎを聞きつけて、周囲には人が足を止めて見守り始めていた。
……こんなところでキスだなんて……。
「い、いやぁー、流石にこんな公衆の面前でキスだなんて、ねぇ……それはちょっと……」
「何だ、出来ないのか? やっぱり恋人というのは嘘なんだな!」
「い、いやだから、こんな人がいる前でするってのは……」
「出来ないなら嘘だと認めることになるぞ! そいつの恋人でも専属料理人でもないというのなら、この俺の専属料理人になってもらうからな!」
「……っ⁉」
ど、どうしようっ!
ジェシーは内心で焦ってしまう。
こんなところでキスなんて出来ないし、あいつの専属料理人にもなりたくないしっ。
こうなったら、やっぱり逃げ……。
そのとき、ポールがジェシーの肩を持って、自身へと振り向かせる。
「いきますよ」
「え? え?」
ジェシーは思わず動揺してしまった。
「え? ちょっ?」
「大丈夫。すぐに終わります」
そう言って、ポールは目を閉じて顔を近付けていく。彼のその様子とその場の雰囲気や流れによって……ジェシーも目を閉じていく。
徐々にポールの顔がジェシーへと近付いていき、周りで見守っていた人々も、おおっ!と声を出したり固唾を飲んだり各々の反応を示す……。
そしていよいよ彼の顔が彼女と重なろうとした、その刹那。
「や、やっぱりだめーっ!」
ジェシーがポールの肩を押し返すようにして、彼の顔を離した。彼女は顔を真っ赤にしており、彼は真面目な顔のまま目を開けていて、周囲の観衆はがっかりしたようなほっとしたような雰囲気をにじませている。
「だめったらだめっ! こんな人前でキ、キスなんてだめっ! 恥ずかしすぎるからっ!」
「…………」
ポールはなにも言わず、ジェシーを見つめているだけだった。彼がなにを考えているのか、彼女にも観衆にも分からない。
しかし二人の結果を見て、アンバーが人差し指を向けながら勝ち誇った声を上げた。
「やはりな! 恋人というのは嘘だったか!」
ジェシーがアンバーへと顔を向ける。ポールもまたそちらを見る。
「う、嘘も何も、こんな公衆の面前でキスなんて出来るわけないでしょ! 恋人だからとか関係なく! 無茶ぶりよ!」
ジェシーの言葉に、観衆もうんうんとうなずいたり、まあそうだよなあと納得している声をこぼしていた。
だがアンバーだけは彼女の言葉を聞き入れない。
「そんなの知るか! キス出来なければ恋人じゃない! 恋人でないなら俺の専属料理人になってもらう!」
アンバーが周囲にいた屈強な使用人に命令する。
「おい! あの女を俺の屋敷に連れていけ! 男は痛めつけていい! この俺に嘘をついた罰だ!」
使用人達は一瞬戸惑った様子を見せたが、主人の命令である以上、逆らうことは出来ずに二人へと近寄っていった。
観衆が息を飲む。そして使用人達の伸ばした手がジェシーの肩に触れようとしたとき。
ぐるんと使用人達の身体がその場で回転して、地面に背中や胸を打ちつけていた。とっさに動いたポールが彼らを一瞬で薙ぎ倒したのだ。
「なっ⁉」
アンバーを含めて、観衆が呆気に取られた顔になる。ポールがアンバーに目を向けながら静かに言う。
「そんなに素晴らしい料理人をご所望なら、後日、心当たりのある方を紹介しましょう。彼女も認める天才料理人です。その代わり、彼女にはもう近付かないでください」
ほんの一瞬ではあったが、ポールがアンバーを睨みつける。そこにはかすかな殺気……かつての彼を彷彿とさせるような眼光が宿っていた。
それを見て、ヘビに睨まれたカエルのようにアンバーがビクリとなる。
そして男の返答も聞かずにポールはジェシーの手を取って。
「行きましょう」
「え、え?」
戸惑う声を漏らす彼女を連れて、道の先へと駆け出していった。
あとに残された者達は、追いかけることも出来ずに遠ざかる二人の背中を見送っていた。
○
蛇足の後日談。
あの一件からしばらくして、一人の男がアンバーの屋敷を訪れていた。
「誰だ貴様は⁉ この俺を高貴なアンバー=アンダーだと知っているのか⁉」
「おっすおっす、おらターハンってんだ! ここで料理を振る舞えば大金が貰えるって聞いてやってきたんだ!」
「何⁉ 誰がそんなこ……」
「んじゃ早速作ってきた料理を振る舞ってくぜ!」
「おいこら勝手に、って何だこれは⁉ 変なのばかりじゃないか⁉」
「見た目は変だが味は大丈夫なはずだぜ! 多分! まあゲロ不味いやつや有毒なやつもあったりするけど! 細かいことは気にすんな! さあ食え食え、おかわりはたんまりあるからな!」
「うぎゃー⁉」
屋敷に絶叫が響き渡った。
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