【誰の専属料理人?】 3
午後の街のなか。ジェシーとポールはとある店のドアから出てくるところだった。
ポールがジェシーに言う。
「これで買い出しは終わりですね。ドラゴンの生息地に生えていた野草も、真っ先に採取しましたし」
「ね、私の言った通り、面倒そうな物から先に片付けて良かったっしょ。まあ運が良くて、ドラゴンには出会わなかったけどさ」
「これなら私が付き合うまでもありませんでしたね」
「結果論だけどねー」
ポールが指に付けた指輪に魔力を込めようとする。通信魔法具の指輪であり、転移魔法具も兼ねているものだ。
「それでは屋敷に戻りましょうか」
「あ、ちょっと待った」
「? どうかしましたか? 買い忘れでも?」
「いや買い忘れはないけどね。転移魔法でぱっと戻るんじゃなくて、せっかくだから歩いて帰ろうよ」
「……何故?」
転移魔法で戻ったほうが明らかに早いのに、なぜわざわざ歩くのか?
ポールの疑問にジェシーは明るく答えた。
「転移魔法でぱっと戻るのは早いけどさ、それだと味気ないじゃん。たまには景色を見ながら歩いて帰るのも、趣があって良いよ」
「……しかし、それでは屋敷の仕事に遅れて……」
「んもー、ポールは真面目すぎだって。ウォール様には執事長がついてるんだから、歩いて帰るくらい大丈夫だって。厨房にも料理長が……いやあいつは不安だけど」
「不安ならば早めに帰るべきでは……?」
「いや不安なのは性格の方で。料理そのものは、まあ、滅茶苦茶認めたくないけど、あの人は天才だから。ったく、なんで私以上の天才料理人が、まさかのあの人なんだって話よねー。バトル的な強さは私やポールより弱いくせにさー」
「……珍しいですね、貴女が料理長を褒めるのは」
「褒めてない! それだけは違うから!」
ジェシーが声を大にして否定する。料理長が料理の天才であること自体は認めるが、それは褒めるのとは別だと言いたいようだった。
「なるほど、事実を事実として認めているだけというわけですね」
「……しゃくに障るけどね。つーかポール冷静す……」
ジェシーが言っているとき、不意に道のほうから二人に声が掛かった。
「また見つけたぞ! 天才料理人!」
聞き覚えのある声に、ジェシーがそちらを振り返る。そこには昨日のアンバーが数人の使用人を連れて立っていた。
その使用人のなかには、屈強な体格の者もいた。目元にはサングラスを着けていて、物々しい雰囲気を漂わせている。
「げっ⁉ この前の⁉」
「手掛かりが全然なかったから街をしらみつぶしに探していたが、苦労した甲斐があった! 今度こそ俺の屋敷に来てもらうぞ!」
つかつかとアンバーがジェシーへと歩み寄っていく。彼女はこの前と同様すぐに逃げ出そうとしたが、その彼女とアンバーの間に割り込むようにしてポールが前に出た。
それは見ようによってはジェシーを庇い、守るような振る舞いに見えた。
「アンバー=アンダー男爵ですね。話は彼女から聞いています」
「……何だお前は?」
アンバーが露骨に訝しむ顔になる。邪魔をするとただではおかないぞと、雰囲気で言っていた。
ポールは自分の胸元に片手を添えて、慇懃な所作で自己紹介する。執事としての礼儀として習った挨拶だった。
「私はポール=パシフィックと申します。出会った早々に失礼致しますが、彼女は貴方からの要求に応えることは出来ず、非常に困っています。どうか諦めて、お帰りください」
「…………」
アンバーはムッとした顔になった。ポールが慇懃丁寧な対応だからこそ、余計に癪に障ったという感じでもあった。
「だからお前は彼女の何だと言っている! ただの知り合いなら余計なお世話だ!」
そこでアンバーは思いついたようだった。逆にポールに提案を持ちかける。
「いやそうだ、知り合いだというのなら、お前からも彼女を説得しろ! 金ならいくらでも出す! 彼女にはそれだけの価値がある!」
「いえ、ですから、彼女は……」
そのとき、ジェシー自身もまたピカッと閃いたようだった。いきなりポールの腕を取って、アンバーに見せつけるように言う。
「そうそう、私は貴方のところには行きませーん。だって彼は私の恋人で、いうなれば彼の専属料理人だからでーっす」
「何だと!?」「え?」
寝耳に水というように、アンバーが大声を上げて、ポールですら不意を突かれた顔をしてしまう。
ジェシーがひそひそ声でポールに言った。
「話を合わせて。あいつを諦めさせるんだから」
「……了解しました」
何故恋人のふりなのかまでは分からなかったが、とにかく彼女がそう言うのだからその役割を引き受けよう……ポールはそう判断した。




