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【王国内屈指の公爵家の令嬢ですが、婚約破棄される前に婚約破棄しました。元婚約者は没落したそうですが、そんなの知りません】  作者: ナロー


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【誰の専属料理人?】 1


 とある日、ジェシーは街にショッピングに出ていた。


 その日はジェシーは非番の日であり、前々から考えていた新作料理の食材を買い揃えようと思ったのだ。また後学のために料理の本も買うつもりだった。



「うーん……おおまかの食材は買えたけど、調味料や香辛料はなかなか見つからないなあ。妥協して普通のものを使おっかなぁ……いやでもそれだと……」



 顎に手を当てて考え込みながら歩いていた彼女だったが、ふと道の先にレストランを見つけて立ち止まる。



「ま、お腹も減ったしお昼時だし、とりあえずご飯食べてからにしよっか。腹が減っては戦は出来ぬっていうしね」



 彼女はレストランに入店し、席についてメニューを見て料理を注文する。



「かしこまりました、少々お待ちください」



 注文を受け付けた店員が奥に消える。しばらくして、今度は女性店員が料理を持ってやってきた。


 料理がテーブルに置かれ、ジェシーはナイフとフォークを持つ。



「うひょー、おいしそー」



 空腹だったことも手伝って、彼女はさっそくハンバーグの一切れを口に運んだ。思わず笑みがこぼれてしまう。



「んまぁい」



 幸せを噛みしめながら、二切れ三切れとハンバーグを口に運んでいると、店の外に一台の馬車が停車した。


 街で運行されている乗り合い馬車ではなく、貴族が所有しているような専用馬車だった。車体にはきらびやかな装飾が施されていて、嫌でも街なかで目立っていた。



(おや、派手だねぃ。三流の貴族か金持ちかな?)



 馬車に気付いたジェシーが、もぐもぐと口を動かしながらちらりと見てそう思った。いったい誰が乗っているのかと、興味本位で見続けていると、なかから貴族のような男と執事が出てくる。



(あれ……?)



 ジェシーは既視感を覚えた。いつかどこかで見たような顔な気がしたのだ。


 男と執事が急ぎ足で店へと入ってくる。そのときようやく、ジェシーは彼らが誰だったかを思い出した。



(あ、男爵だっけ。アンダー男爵家の……)



 以前、ジェシーが成り行きで料理を振る舞うことになった男爵家の、アンバー=アンダーだった。


 ただしアンバー自身はジェシーによってすぐに気絶させられたので、面識はほとんどないようなものではあったのだが……。



(そういえば、ここってあのときの……)



 いまいるレストランがあのときのレストランだということに彼女が気付いたとき、アンバーと執事は駆け込むように店内に入ってきていた。



「店長、誰だ、そいつは?」



 アンバーを迎え入れた店長に、男は一刻も早く知りたいように問いただす。



「あちらにいる女性です。ハンバーグをお食べになっている……」


「あいつか!」



 店長が手で示したのは、まさにジェシーだった。アンバーがどかどかと足音を立てて彼女に近付いてくる。



(っ⁉)



 ジェシーはびっくりした。いまの店長とアンバーのやり取りから推測するに、ジェシーが入店したことを店長がアンバーに通信魔法具で伝えたのだろう。


 いや、そんなことよりも……いきなりのことに、ジェシーは逃げるのが遅れてしまっていた。


 そんな彼女の元まで近寄ったアンバーが、彼女の手を両手で握る。かちゃーんとフォークが床に落ちる音が響いた。



「ようやく見つけたぞ、天才料理人!」


「っ⁉」



 驚いているジェシーへと、アンバーはまくしたてる。



「あの日からずっと探していたんだ! 私は貴女の作った料理に完全に魅了されてしまった! 私の専属料理人になってくれないか!」


(スカウトってこと⁉)



 ジェシーの作った料理を食べたアンバーは、なんとしても彼女をスカウトするためにずっと探していたらしい。


 状況を理解したジェシーが、ぎこちない苦笑をしながら答える。



「あ、あはは、冗談きついっすねー。私はただのOLですよー。貴方みたいな貴族の方を満足させる料理を作るなんて、とてもとても」


「何だって?」



 アンバーがレストランの料理長に振り返った。



「料理長、本当にこの女性なんだろうな?」



 詰問するような口調に、料理長は少し戸惑いながらもうなずく。



「え、ええ……確かにその方で間違いございません。私も料理を試食しましたし、出来ることならもう一度食べたいと思いましたから……」



 料理長が近くで様子をうかがっていた料理人達に確認する。



「そうだよな?」


「はい、その方で間違いありません」「あんなに美味しい料理を作った人を忘れるわけがありません」



 料理人達もうんうんとうなずいていた。


 彼らの言葉に、ジェシーが心のなかで小さな悲鳴をこぼす。



(皆さーん! 空気読んでー! 私めっちゃ逃げたい空気感出してるよー!)



 しかし料理長達は困惑したように遠巻きに見守っているだけだった。あるいは、男爵であるアンバーに命令されて、ジェシー探しを手伝ったのかもしれない。


 アンバーが再びジェシーに向いた。その顔つきは真剣そのものだった。



「やはり貴女で間違いないようだ。どうかお願いだ、私の専属料理人になってくれ! 給料は大金を払うし、欲しいものがあれば何でも買ってあげるから! もう僕は貴女の料理なしでは、貴女なしでは満足出来ないんだ!」


「あ、あはは……」



 声は笑っていたが、ジェシーの顔はひきつっていた。



(まるでプロポーズみたいな勧誘じゃん! まさかこんな状況で聞くなんて!)



 ジェシーは嘆きたい気持ちだった。こういうセリフはもっと素敵な人から、素敵なシチュエーションで聞きたいと思っていたのに。



「とにかく僕の屋敷に来てくれ! 悪いようには絶対にしないから!」


(に、逃げたい!)



 ジェシーの意向などまったく聞かずに、アンバーは彼女の手を引っ張って無理矢理外に連れ出そうとする。



(このままじゃやばいかもっ)



 このままアンバーの屋敷に連れ込まれたら、なんだかんだ理屈をこねられて帰れなくなるかもしれない。


 とっさにジェシーは掴まれていないほうの手で適当な空中を指差した。



「あ、あんなところに幽霊が!」


「え?」



 アンバーを含めて、執事や料理長や料理人、成り行きを見守っていた客達が一斉にそちらを向いた。


 無論、そんなところに幽霊などいるわけがない。しかし一瞬でも全員の注意が逸れたことによって……ジェシーはその隙を見逃さなかった。



(いまだ!)



 彼女は指差した手のなかに隠し持っていた金平糖のように小さな塊を、目にも止まらない速さで親指で弾いてアンバーの口のなかに入れる。



「へにゃ……?」



 塊が男の喉を通り越し、胃液によって瞬時に溶かされて内包されていた成分が身体に浸透していく。


 時間にすれば、ほんの数秒程度のことだっただろう。その数秒で、男の意識は朦朧として床にくず折れていた。



「アンバー様⁉」



 気付いた執事が男の身体を抱き起こす横を、ジェシーは猛スピードで走り抜けていく。



「さいならー! 代金はテーブルに置いといたからねー!」



 最後にそう言い残して、彼女は風のように逃げ帰っていった。


 彼女の後ろ姿を、その場の全員が呆気に取られた様子で見送っていた。




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