【キャロルとクーイ】 6
レニーのほうへと助け船を求める顔を向けたキャロルだが、そんな彼女を絶望に叩き落とすようにクーイがまた口を開く。
「メイドさんは俺についてきてください。収納魔法にしまっている魚を一尾頂くので、すぐに冷蔵魔法具にしまいたいですから」
「…………」
レニーはすぐには動かなかった。
彼女はエインズ家の使用人であり、キャロルの専属メイドであり、およびレニー自身が公言しているようにキャロルとエインズ家と上司の命令以外は聞かないと決めているからである。
少し思考するような間があってから、レニーが答えた。
「……いえ、魚ならいま渡しましょう。保存容器に二尾入っているので、一尾だけ取ったら返して頂ければ結構です」
「…………」
それは、まだクーイ達には心を開いておらず、警戒はするに越したことはないというレニーの心象の表れだったのかもしれない。
無理に彼女を動かすこともないなと判断して、クーイは応じた。
「分かりました。では保存容器を貸してください。いま移してきますので」
「はい」
収納魔法の空間から魚の入った容器を取り出して、レニーはクーイに手渡す。
受け取ったクーイは改めて背中を向けると、母親代わりの副院長のいるキッチンへと向かっていった。
それからクーイが戻ってくるまでの数分間の間で、キャロルは子供達と打ち解けて、すっかり仲良くなっていた。あるいはキャロルの精神が子供のそれに近しいからかもしれないが。
逆にレニーに関しては、子供達は近寄りがたい存在のようにやや離れていた。いつでもどこでもキャロルを守る為に警戒心を解いていないからであり、レニー自身はそれでも構わないと思っていた。
そうして子供達と一緒にキャロルが赤ん坊を、
「わぁ、可愛いですねー」
と言いながら見ているところにクーイが戻ってくる。彼はレニーに魚の容器を返しながら、ちらりとキャロルのほうを見た。
「すっかり仲良くなったみたいですね」
「そのようです。キャロル様はとても可憐で可愛らしく、人々の心を捉えて離さないお方ですから」
「…………」
クーイはなにか言いたい気持ちにはなったが、結局なにも言わないでおくことにした。レニーの機嫌を損ねて怒らせるのは避けたかったからである。
代わりに、さっきキッチンで副院長に提案されたことを伝えた。
「義母さんから伝言です。『せっかくお魚を頂いたから、今夜はキャロルさん達も一緒に夕飯をどうですか? この魚を使って、腕によりをかけた魚料理を提供するよ』とのことです」
副院長が直接伝えようとしたのを、あえてクーイが引き受けて自分が伝えているのである。
彼の言葉を耳に挟んだキャロルがそちらに顔を向けた。一緒に夕飯を食べてもよいことに、内心どきっとした顔つきだった。
しかしレニーは至って冷静で真顔な様子で彼の言葉を聞いていた。キャロルの様子には薄々気付いていたが……彼女が口を開いたとき、玄関のほうから呼び鈴の音が響いてきた。
その場の全員が玄関に続く廊下のほうを見て、レニーがつぶやくように言う。
「お客さんのようですね」
「……みたいですね。ちょっと失礼します」
クーイが玄関へと向かっていく。
子供達も気になったのだろう、廊下に顔を出して玄関のほうを覗きこむ。つられるようにしてキャロルも玄関を覗きこみ、レニーもそちらに目を向ける。
クーイが玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは一人の身なりの良い男だった。
バリアン=バンディミックだった。
「……! バンディミックさん……」
予期していなかった来訪者に、クーイは少なからず動揺していた。
男が礼儀正しく頭を下げた。
「こんにちは、いやもうそろそろ夕方ですから、こんばんはが正しいですかな。また来させて頂きました、クーイくん」
「……っ。次に来るのは来週のはずでは?」
「何、予定は未定であって決定ではありません。予想外に時間に空きが出来たので、赤ん坊の様子見がてら伺うことにしたのですよ。無論、手ぶらではなく菓子折りも持ってきています」
男が収納空間からたくさんのお菓子の入ったカゴを取り出す。それを見た子供達が、わあーっと嬉しそうな声を上げて男へと駆け寄っていった。
「いらっしゃいバンディミックさん!」
「いつもありがとうバンディミックさん!」
「いえいえ。みんなで仲良く分けるのですよ」
『はーい!』
子供達は完全に男になついていた。カゴを受け取ってリビングに戻っていくみんなの背中を、クーイは真面目な顔で見送っていた。
「クーイくん、立ち話も何ですし、中に入ってもよろしいですか?」
「…………どうぞ」
「では、失礼致し……」
そのとき、男は視界の先、廊下の向こう、リビングのドアからキャロルが覗いていることに気付いた。
男と視線が合って、キャロルが一瞬びくりとなる。
男がつぶやいた。
「……あの方は……」
男の視線に気付いたクーイもそちらを見たとき、レニーがキャロルに言った。
「お嬢様、お客様がいらしたようですし、私達はお暇致すことに致しましょう」
「え……」
「お邪魔致してもアレでございますし、屋敷でディナーの準備がされている頃ですので」
「……うん……そうだね……」
キャロルとしては、純粋にクーイや子供達や来客の邪魔をしたくないからという気持ちだった。
子供達が不満の声をこぼす。
「えーっ? キャロルちゃん、帰っちゃうのー⁉」
「ごめんね。また遊びに来てもいい?」
「うん! 約束だよ!」
「うん」
ばいばいと手を振る子供達に手を振り返しながら、キャロルが玄関へと歩いていく。
クーイと男の元まで来て、キャロルがクーイに別れの挨拶を告げようとしたところで、レニーが口を挟んだ。
「それでは私達はこれで失礼致します。お嬢様、行きましょう」
「う、うん……クーイさん、また学園で……」
名残惜しそうに言うキャロルに、
「…………」
しかしクーイは別れの言葉を返さずに見送るだけだった。
男がドア前から少し身体をずらして、その横をキャロルとレニーが通りすぎる。そしてレニーが転移の魔法具を使い、二人は屋敷へと帰っていく。
その後ろ姿を、クーイだけでなく男もまた無言で見つめているだけだった。
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