【キャロルとクーイ】 3
(次は魚か)
メモを確認しつつ、クーイは魚屋へと向かう道を歩く。孤児院の副院長に頼まれた買い出しであり、メモに書かれてある物で買った物には丸を付けていた。
(今日はいつもより買う量が少ない……あの人が孤児院を支援してくれるようになってから、確かに生活は楽にはなった……けど……)
あの人とは、バリアン=バンディミックのことである。
以前、バリアンは孤児院を訪れた際にお菓子や玩具を持ってくると言っていたが、実際にはそれだけではなく食料や不足がちな物資の支援もするようになっていた。
また多額の寄付金も送っており、院長や副院長はその額の多さに戸惑いつつも、孤児院の運営費や子供達の教育費、余った分は子供達の将来のための貯蓄に回していた。
(あの人が言う建前は、赤ちゃんや子供達が困らないようにする為、そしてそうすることで自分の評価を上げる為だと言っていた。そういうふうに敢えて綺麗事ばかりじゃなく本音も言うことで、院長や副院長の遠慮を取り払って好感も得ていた……それが本当に本音なら)
メモをポケットにしまう。視線は道の先に向いているが、思考は疑惑の鎌首をもたげている。
(だけど、それだけではないと思う。何故だか、それ以外の、それ以上の理由があると思う。あの人にとっては多額の寄付や支援をする以上の、何かしらの見返りが……)
バリアンが最初に孤児院を訪れたとき、男はクーイのことを勧誘していた。
しかし以降の訪問では特に勧誘をすることもなく、その話題を出すことも全くなかった。
だからこそ、クーイは男とは一歩距離を置くように接していた。院長や副院長、多くの子供達が心を開いていくのを、ただ遠くから見ていることしか出来なかった。
男は孤児院のためになることをしている。みんなが心を開くのは当然である。少年の一抹の疑惑は杞憂に過ぎないかもしれず、それを口にしてもみんなから心配しすぎだと言われてしまうだろう。
(それとも、やっぱり本当に俺の気にしすぎなのか……? あの人は本当にいい人で、ただ純粋に俺達の為に寄付をしているだけな……)
そのとき、道を歩く彼の背中に声が掛けられた。
「く、クーイさんっ」
緊張した声音であり、クーイの聞き知っている少女の声でもあった。
「……⁉」
びくっと肩を微動させて、彼は後ろを振り返る。はたしてそこには予想通りの少女がいた。
「キャロルさん……」
彼女のそばにはメイド姿の女性も控えていた。
(何故彼女がここに……? 偶然……?)
そう疑問を覚えるクーイに、キャロルが少し上ずったような声で言った。
「ぐ、偶然ですね、こんなところでっ。私、さっきまでカトリー……友達とあっちのカフェでお話してて」
「…………」
彼女の様子から察するに、本当に偶然らしい。そもそも後を尾けていたのなら、声を掛ける必要はないだろう。
「……何かご用ですか?」
知らず、クーイの声は少し棘のある冷めた声になっていた。
自分でも何故そんな言いかたをしたのかは分からない。
彼の言葉に、彼女はかすかに戸惑いを見せた。
「あ……いえその、特に用があったわけじゃないんですけど……見掛けたから声を掛けただけで……」
「…………、俺は買い出しがあるので。用がないなら失礼します」
背を向きかけた彼を追うように彼女が言った。
「あ、あの……!」
「まだ何か?」
「ご一緒してもいいですかっ? 荷物運びくらいなら手伝えますからっ」
キャロルのその提案に、そばにいたレニーがちらりと横目で彼女を見た。しかしなにも言わずに、また視線を前に戻す。
レニーのその反応自体は無意識に出たものであり、キャロルはそのことに気付いていない。
だが二人を視界に入れていたクーイは、メイドのそれに気付いていた。キャロルの言葉にどう返したら良いのか、頭を素早く回転させる。
(手伝いは特に必要ない、けど……それを伝えたら、そばのメイドに目を付けられるかもしれないな。公爵家の令嬢の申し出を断るなんて、不躾な奴だって)
それとなくメイドを確認する。隙のない立ち居振舞い。かすかに漂うように身にまとわれている魔力は、洗練されていて水の流れのように淀みがなかった。
(……相当な手練れだな、このメイドの人。下手に逆らったり印象に残るようなことはしないほうが無難か……)
クーイが導き出した結論は、キャロルの提案を受け入れるというものだった。ただし、声音は無愛想だったが。
「同伴するのは構いません。でも荷物運びをする必要はないです。収納魔法が使えますから」
「あ……」
「次は魚屋に行くところだったんです。ついてきてください」
クーイが前を向いて歩き出し、慌ててキャロルがそのあとを追う。並んで歩く二人の後ろをレニーが静かについていき……彼女は周囲の警戒と同時にクーイへの観察も開始していた。
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