【キャロルとクーイ】 1
その日も、その少年は学園の中庭の花壇にじょうろで水をあげていた。
そしていつものように渡り廊下を通る際に横目で彼を見ていた少女は、ほんのかすかな違和感を覚えた。彼がどこかしら元気がないような、思い詰めているような顔つきになっているように見えたのだ。
だからなのか、少女は少し気になって、中庭へと入って彼に近付いていく。
「今日も綺麗ですね、お花」
少女は彼に声を掛けた。いきなり何かあったのかと問うのではなく、とりあえず世間話から始めて様子を見ることにした。
声に気付いて少年は振り返った。
「……キャロルさん……」
名前をつぶやいたが、あとに続く言葉は出てこない。
少年は彼女に苦手意識を持っているのか、それとも公爵家の第二令嬢だからと気後れしているのか、話す話題が出てこないようだった。
あるいは、軽はずみなことを言わないように警戒しているのか。
そのため、少女のほうが彼に話題を振っていた。
「そういえば、このお花ってなんて名前なんですか?」
「……知らないんですか?」
無愛想な言葉になったのは、何故だろうか。
しかし少女は気にした様子もなく、朗らかな笑顔で言う。まるで他人の悪意に気付くことなどないように。
「お姉様やお父様なら知ってるかもですけどね。私って、自分で言うのもあれですけど結構抜けてるとこあるんで」
「……本当に自分で言うことじゃないですね」
つぶやいたあと、少年は続けて言った。
「パンジーです。この花は」
「へえー、これがパンジーですか」
少女が覚えるように花を見る。
人懐こいそんな彼女に、少年は言葉を切り出した。
「回りくどいことはやめてください」
「……ふぇ?」
回りくどいこと?
疑問符を浮かべて顔を向ける彼女に、少年は問うた。
「何か用があって話し掛けてきたんでしょう? でなければ、貴女みたいな方が俺に話し掛けるわけがない」
刺々しい声になってしまったのは、何故だろう。
普段ならば、他の人間ならば、適当に相槌を打って受け流すのに。
キャロルははにかみながら答えた。
「うーん、何ででしょう? 用がなければというのなら、話すこと自体が用じゃ駄目ですか?」
「……っ」
少女は小さな顎に人差し指を当てて、考えるようにしながら。
「でもそうですね、しいて言うなら、貴方が浮かない顔をしていたから? クーイさん、何かあったんですか?」
「……!」
周りに気付かれてはいけないように、彼は振る舞いには細心の注意をしているつもりだった。
しかし花に水をあげているときは、周りに誰もいなくて独りだったから油断していたのか。
あるいは……彼女だからこそ、些細な変化に気付いたのか。
花壇の縁にじょうろを置いて、彼は素っ気なく答えた。
「別に何もありませんよ。それよりもうすぐチャイムが鳴ります。さようなら」
そうして彼は逃げるようにその場を去っていき、少女はその背中を見つめていた。
時を告げる音が辺りに響いた。
○




