【ターハンは狩人で料理長】 1
とある日、エインズ家の厨房にて。
やってきたジェシーが挨拶した。
「おはよー」
「あ、おはようございます、副料理長」
「あれ? 料理長は? いつもは誰よりも早く仕込みしてるのに」
「あ」
その若い女の子の料理人は少し言いにくそうに答えた。
「料理長なら外に出てます」
「え?」
「なんでも、活きが良くて美味しい食材の情報を仕入れたから行ってくるって」
「まさかとは思うけど、魔物の討伐じゃないよね?」
「あの、その……」
うろたえながら、彼女は小さな声で答える。
「実は、その通りみたいです……」
「あんの馬鹿狩人料理長がぁ!」
ジェシーは握り拳を固めて声を上げた。
○
同日、とある森の奥にて。
三十歳前後の一人の男が森のなかを走っていた。
「こらー、待ちやがれー!」
男の先には二、三メートルほどの大きさの黒い猪が走っていた。
魔物の一種であるダークボアであり、その肉は魔物食材のジビエ愛好家の間では珍味とされていた。
「こなくそ、待てっての!」
ダークボアの足は結構速く、なかなか追いつけないでいた男は両手に魔力を込める。
男の左手に魔力の弓が作られ、右手には矢の形の魔力が作られる。
その矢を引き絞り、男はダークボアへと向けて放った。
ブオォッ⁉ ボアの尻の部分に矢が刺さる。しかしスピードは少し落ちたものの、ボアはまだ走るのをやめなかった。
「くそっ、おりゃおりゃおりゃ!」
男が続けて矢を放っていく。それらはボアの足や胴体などに当たり、ボアのスピードが大幅に減速する。
「よっしゃ! いまだ!」
男のスピードでも追いつけるほどに遅くなったボアへと、男は地面を蹴るようにして大きくジャンプした。
「これで仕留める!」
その手に剣状の魔力を握って、落下の勢いを乗せてボアの背中へと突き刺した。
ボオオォッ⁉ 最期に大きな雄叫びを上げて、ボアはその場に横倒しになる。
その寸前でボアの背中から地面に降り立った男が、動かなくなったボアを見て言った。
「よっしゃぁ! よーし、そんじゃあ動き回って腹も減ったし、早速ジビエにして……」
そのとき、がさりと茂みが動いた。
男がとっさに身構える。
「誰だ⁉ 俺の肉を奪うつもりか⁉」
茂みは動かない。
おそるおそる男が茂みに近付いていき、腰くらいの高さの草をかき分けて覗いてみると、そこに二十代の若い男が倒れていた。
「人間?」
若い男は腰に長剣を差していて、冒険者の格好をしていた。
「困ったなあ、流石に人間は食えんぞ?」
男がそうつぶやいていると、若い男の腹が大きな音を鳴らす。若い男が顔を少し上げて、前に手を伸ばした。
「は、腹が……何か食いもん……」
それを見下ろしながら、
「なんだ生きてんのか、ならなおさら食えねえなあ」
「め、メシを……」
「俺はメシ屋でもメシアでもないぞ?」
「金なら払うから……」
「よしきた、少し待ってろ!」
男がボアに向かっていくなか、若い男はがくりと顔を地面につけた。
○
「うまい! あんた料理の天才だな!」
「いやあ、それほどでも。ほれ、じゃんじゃん食え」
「おうよ!」
若い男は串に刺した肉をがつがつと食べていく。
それを金網で肉を焼きながら見ていた男が、若い男に聞いた。
「そういやお前さん、名前はなんていうんだ?」
「俺か? 俺はスティーブだ。スティーブ=ソイビーンズ」
「大豆か。うまそうな名前だな!」
「いやスティーブ……」
「ちなみに俺はターハンだ。みんなからはターさんとかタッさんとかって呼ばれてる。よろしくな大豆!」
「だからスティーブ……」
「今日はこのダークボアを狩る為にわざわざ有給を使って来たんだぜ。苦労はしたがうまい肉が食えたし金ももらえるしで最高だな」
「あんた、人の話聞かねえタイプだな!」
「どうした、そんなに怒って? ほれ、怒りなんか肉食って忘れちまえ」
「くそがっ、こうなりゃ食いまくってやる!」
「おお、良い食いっぷりだ!」
スティーブはがつがつと肉を口に放り込んでいく。




