【『星になった銃使い』】 2
標的は、主に組織にとって厄介な『敵』だった。
政府の役人もいた。研究所の研究員もいた。武器防具の製造者もいた。なかには王宮の関係者もいたかもしれない。
しかしそのどれもが、Aセブンにとって興味のないことだった。組織からの指令によって任務に従事し、つつがなく完了させる。
それが彼女の全てであり、生きる意味であり、存在理由だった。
「よくやった。では次の標的を言い渡す」
「はい」
先生は次の任務を淡々と告げてくる。
「次は四大公爵家の一つ、エインズ家だ。かの本家には四人の一族がいるが、お前が狙うのは第一令嬢、アイラ=エインズだ」
「了解しました」
「エインズ家には腕利きの護衛がいると聞く。警備も厳重だろう。だがやれ。失敗は死と同義だと思え」
「はい」
「決行は明日深夜だ。それでは部屋に戻れ」
「はい」
Aセブンは自分に割り当てられた部屋に戻っていく。
白い壁の無機質な部屋。部屋にあるものといえば、本が並んだ本棚が一つと、簡素なベッドくらい。
幼い頃からこの部屋で過ごしてきた。今日もこの部屋で過ごす。
最近は寝るためだけに戻る部屋となっていて、本棚や本にはうっすらと埃が積もっていた。
しかし彼女には関係なかった。彼女は次の任務のために、ベッドに横になる。
夢は見なかった。
●
翌日、深夜。エインズ邸の敷地内にて。
Aセブンは広すぎる庭の、一本の木立の陰に身を潜めていた。
(標的の部屋は、あそこ)
頭に叩き込んだ屋敷の見取り図から、標的の部屋の位置を確定する。
屋敷内にも庭にも、明かりはほとんど灯されていなく、暗闇と静寂に包まれていた。明かりがある場所といえば、夜勤の使用人達が休憩に使っている部屋くらいだった。
(地面には、罠の痕跡。避けながら、標的に辿り着く)
庭に設置されている罠を巧みに回避しながら、彼女は風のように屋敷へと迫っていく。
屋敷の壁に到達すると、足元に魔力を集中させて、垂直の壁を地面と同じように駆け上がっていった。
もしも知識のある者がその姿を見ていたならば、東洋の国のニンジャだと錯覚したかもしれない。
そして彼女は標的の部屋の窓へと到着し、指先に込めた魔力で窓ガラスに小さな穴を開けると、素早く鍵を外していった。
窓を開けて、室内に侵入する。風はなかったが、彼女が入る際にわずかにカーテンがなびいた。
しかしベッドに横たわる人影は微動だにしていない。彼女は完全な無音で即座にベッドに接近すると、そこに目を閉じて眠る少女に馬乗りになって、手にしたナイフを振りかざした。
鈍色のナイフが少女の喉を突き刺そうとした瞬間、小さな防御の魔法陣が少女の喉元に出現して、ナイフの切っ先を防いだ。
(っ⁉)
Aセブンが目を見開いたのと同時に、眼下にいた少女の姿が消えた。直後、今度はAセブンがベッドに仰向けに倒されて、標的の少女が彼女に馬乗りになっていた。
少女の手には、いつの間に取られたのか、さっきまでAセブンが握っていたナイフが握られていた。その切っ先を、Aセブンの喉元に突きつけてくる。
「やれやれだわ、せっかく安眠していたのに。寝不足になったらどうするのよ」
少女……アイラ=エインズが言った。まだ学生の少女とは思えないくらい、冷静で落ち着いた声音だった。
「でも、貴女、結構やるわね。まさか私の部屋まで到達するなんて。ほとんどの侵入者は庭の罠で撃沈するのに」
状況に似合わない感心した声をアイラがこぼすなか、Aセブンは、
(……失敗した)
静かにそう思った。
任務の失敗は死を意味する。
絶望はなかった。
悲哀もなかった。
未練もなかった。
彼女にあったのは、任務の失敗と自分の死という、二つの事実だけだった。
彼女が静かに目を閉じたとき、その首にはめられていた首輪に魔法陣が展開されていった。
「これは……っ⁉」
珍しくアイラが驚いた声を漏らしたとき、眩い光が暗闇の室内を満たしていった。
…………。
数秒後、光が収まったとき。
Aセブンは生きていた。
(…………?)
彼女は静かに瞳を開ける。先ほどと同じく暗闇の室内には、取り外された首輪を手に持つアイラがいた。
「まったく、面倒な物を付けてるわね。キャロルやお母様だったらやばかったかも」
「…………何故……?」
「ん? 何か言った?」
「何故、首輪を……? 取り外せないはずでは? 爆破も……」
「ああ、確かに複雑な魔法式が組み込まれていたわね」
なんのこともないように、アイラは答えた。
「でも、複雑なだけで解けないわけじゃないわ。お父様が遊びで渡してくる魔法式パズルの方が難しいくらい。ま、私やお父様じゃなかったら解けないか、解けても物凄く時間が掛かるだろうけど」
「…………」
アイラの父親はこういうときのために、普段から遊びと称していろいろなことを仕込んでいたのだ。
使用人達が首輪の光に気付いたのだろう、どたどたと廊下のほうから駆ける音が響いてきた。
アイラが言う。
「使用人達が来たみたいね。貴女を捕らえるけど、構わないわよね」
「…………」
彼女はもう一度、静かに瞳を閉じた。
任務は失敗した。
だが命は助かってしまった。
生きる意味も存在理由も失ってしまった彼女には、喜びも悲しみも、なんの感情も想いも湧いてはこなかった。
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