【御者:ドライ=コーチ】 1
ドライ=コーチは三十歳を少し過ぎた男であり、職業は馬車を運転する御者だった。
これはいまから数年前の話である。
ドライは普段は昼間に辻馬車を走らせて、客を目的地に届けて稼ぎを得ていた。
しかしその日は昼間の稼ぎが上手くいかず、もう少し稼ぐために夜も馬車を走らせて客を乗せていた。
そうして数人の客をそれぞれの目的地まで届けたあと、なんとか目標額に達したのでドライは所属している馬車組合まで向かっていた。
(やれやれ、ようやく稼げた。とはいえ今日はもう疲れたから、組合に報告したら帰って早く寝よう……)
そう思いながら人通りの少なくなった夜の道を走っていると、道の先でなにかの物音がした。
(ん……?)
建物の路地から聞こえてきた音だった。
木箱やゴミ箱を蹴るような、あるいはなにかが建物の壁にぶつかるような音である。
(野良猫か……?)
最初はそう思った。ぱからぱからと馬を走らせながら、その路地の横を通りすぎる際にちらりと視線を向けてみる。
(……⁉)
視界に飛び込んできたのは、狭い路地で男が地面に倒れる人間に馬乗りになって、首を絞めている光景だった。
(なんてこった⁉)
ドライは慌てて馬車を急停止させる。ひひんと馬がいななくなか、急いで御者台から飛び降りてその路地へと走っていった。
「何してるんだあんた⁉」
「……⁉」
とっさにドライが声を上げると、首を絞めていた男は慌てて逃げ出していく。
「待て!」
ドライも急いで追いかけていこうとしたが、足元に転がる者を見て、一瞬躊躇した。
倒れていたのは、振り乱した髪で顔は隠れていたが、女だった。その首には生々しい手形がくっきりと残っている。
「くそっ、人命が優先だ!」
逃げた男の顔は、ちらりとだが見ている。警察の記録魔法の捜査と合わせれば、すぐに身元を特定できるだろう。
ドライは女へと駆け寄り、その肩を揺さぶった。
「おい! 大丈夫か⁉ ……っ⁉」
見上げ返してきたのは、瞳孔が開ききって生気の宿っていない瞳だった。
○
同深夜、警察署の取り調べ室内にて。
「キサマがやったんだろ! さっさと白状しろ!」
「だから違いますって!」
ドライは一人の刑事に自白を強要されていた。
室内には二人しかいなく、本来なら同席するはずの記録係はその刑事によって退席させられていた。
「いまなら、やったことを白状すれば減刑にしてやる! さっさと吐け薄汚い犯罪者が!」
「だからやってませんって! 記録魔法で調べれば分かるでしょう⁉」
「キサマ! この俺を魔法が使えない役立たずだと馬鹿にするのか⁉ 侮辱罪だぞ!」
「何を言ってるんですか⁉ 私はただ……」
「キサマのことはキサマの上司に聞いて調べはついてるんだ! キサマが殺人を犯したと聞いて、上司は信じられない顔をしていたぞ! あれは傑作だった!」
「なっ……⁉ なんてことを⁉ 勝手にそんな、私が犯人みたいに……!」
「キサマ! この俺が証拠もないのに冤罪をデッチ上げる無能刑事だと言うのか⁉」
刑事はドライの胸ぐらを掴んだ。ドスを利かせるように睨みつけてくる。
「許さんぞ。一度ならず二度までもこの俺を愚弄するとは。キサマは絶対に死刑にしてやるからな」
「……っ」
このままじゃ本当に冤罪を被せられてしまう……っ。
ドライがそう戦慄したとき、ドアにノックが響いた。
「ロジャーです。入りますよ」
室内の刑事の返事も聞かずに、ドアが開いて一人の男が入ってくる。
刑事がドライから手を離す。ドライが再び椅子に腰を落とすなか、刑事は襟を直しながらロジャーを見た。
「何ですかなロジャー警部。この被疑者の取り調べは私に任せて頂きたい」
「ビリー巡査長、貴方の声はドアの外にまで聞こえていましたよ」
「……それが何か?」
「……事件現場を記録魔法で探査したところ、事件当時の詳細が判明しました。それを元にして、つい先程、犯人を逮捕致しました」
「……!」
ビリーがドライのほうをちらりと見て、憎々しげに舌打ちした。




