【クエル孤児院の来訪者】 2
俺はバンディミックさんに尋ねました。
「……公爵家の方が、どうしてこのような孤児院にいらっしゃったのでしょうか? ここには価値のある美術品や宝飾品などはありませんよ?」
「いえいえ、私が用があるのは物ではなく、人です」
「人……?」
「先日、こちらに一人の赤ん坊が預けられましたね。私はその子を引き取りに来たのです」
「……⁉」
「つきましては院長様と詳しいお話をしたいので、お呼び頂けないでしょうか?」
「……少しお待ちください」
俺は院長を呼びに向かいました。
ここは孤児院です。時にはこのような引き取り手の方が訪れることもあります。
しかし、まさか、四大公爵家の方が訪れるとは……。流石に俺も院長も驚きを隠せませんでした。
院長を玄関までお連れした後、院長とバンディミックさんは応接室へと入っていきました。元は普通の部屋だった場所で、貴族家の屋敷のように広くも豪華でもありませんが。
俺は応接室のドアに近付いて、そっと聞き耳を立てます。本当はいけないことですが、とても気になってしまいましたから。
「良い孤児院ですな。子供の教育もきちんとされているようだ」
「いえいえ、いまだにわんぱくな子供達ですよ」
「それも元気があって良いものです」
二人はテーブルに対面して和やかに話していました。
「そうだ、お茶をお出しするのを忘れていましたな」
「いえ、お気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「そういうわけにも参りますまい」
院長がこちらにやってくる気配があったので、俺はとっさに近くの部屋に隠れました。
応接室のドアが開いて、また閉まり、院長が離れていく気配。バンディミックさんの様子が気になったので、俺は再び応接室のドアに近寄ります。
その時。
「そんなに気になるなら、君も入ってきて構わないですよ」
……!
「さっきの子でしょう? 別に聞かれて困る話ではありません。盗み聞きしているのが院長様に知られたら、君の方が困ることになりませんか?」
……どうやら気付かれていたようです。
流石、公爵家の現当主。一筋縄ではいかないようです。
俺はドアを開けて姿を見せました。
「よく分かりましたね。気配は消していたつもりですが」
「何、探知魔法が得意なだけですよ。君の隠密能力は普通に高いです。使用人に欲しいくらいだ」
「お世辞だとしても、ありがとうございます」
「いえいえ、お世辞ではありませんよ」
バンディミックさんは微笑みました。さっき見せたのと同じく、人を惹き付ける魅力のある微笑みです。
「今日来たのは赤ん坊を引き取る為でしたが、これは思わぬ収穫かもしれませんね」
「……どういう意味ですか?」
「もし君が良ければだが、本当に私の屋敷に来ませんか? 君はどうやら、『こっち側』に近い人間のようだ」
「…………」
こっち側……?
バンディミックさんは俺の返答を待つように、穏やかな微笑を湛えたまま見つめてきました。
しかし俺がもう一度口を開く前に、院長がカップとポット、茶菓子の載った盆を持って戻ってきました。
「クーイ? どうしたんだ? そんなところに立って?」
「……院長」
俺が言い訳する前に、バンディミックさんが言いました。
「すみません、私が孤児院の中を少し探険しようと廊下に出て見回していたら、偶然鉢合わせてしまいましてね」
院長がドアまで近付いて、バンディミックさんに応じます。
「おやおや、そうでしたか」
「私はすぐにこのソファに座り直したのですが、流石に怪しまれてしまったようでして。そこで見張られてしまいました。いや勝手に探険しようとした私が悪いので文句は言えないのですが」
「クーイ……この子は警戒心が強いですからな」
「初対面の人間が勝手なことをしていれば、誰でも警戒します。その子は悪くありませんし、むしろ優秀な良い子ですよ」
「そうお褒め頂けるとありがたいですな。血は繋がってはいませんが自慢の息子ですから」
「羨ましい限りです」
院長は応接室に入って、カップをテーブルに置いていきます。
バンディミックさんは続けて言いました。
「クーイ君といいましたか、良ければ彼にも私の用件を聞いてもらいたいのですが」
「私は構いませんが……よろしいのですか?」
「私なら大丈夫です。彼の私に対する疑惑を解く必要もありますからね」
「なるほど。分かりました」
院長がこちらを向きました。
「クーイ、入ってきなさい。一緒にお話を聞こう」
「……はい」
俺は応接室に入りました。
同時に……バンディミックさんは油断のならない相手だとも分かりました。
あくまで悪いのは自分だとして、俺に責任が向かわないように言い回したのですから。
そしてそれでいて、俺も入室するように、自然な振る舞いで取り計らった。
(この人は……敵に回したら厄介な相手だな……)
そう思いました。
○




