【望んだ再会とアイラの策謀】 3
アイラが言葉を続けていく。今度はエディオットにではなく、両親を始めとした周囲の者達に。
「お父様、お母様、皆さん。私、エディオットと二人きりでお話をして親睦を深めたいの。少しの間だけで良いので、お部屋の外でお待ちして頂けませんか?」
エディオットとウォールはぴんときた。ウォールが了承する。
「……そうだな。ここは若い二人に任せて、俺達は退散するとしようか」
「あなた、まるでおじいさんみたいな言い方ね」
「俺はまだ若いぞ」
「ふふ」
ウォールとエルザがドアへと向かい、エインズ家の使用人達も後に続く。
じいやがエディオットに耳打ちした。
「殿下、くれぐれも失礼なことや早まったことはしてはいけませんぞ」
「わーてるって。いいからさっさと行け」
一抹の不安を覚えながらも、じいやも廊下へと出ていく。
二人以外の全員が廊下に出て、ドアが閉まってから、ウォールが言った。
「さて、俺は応接室に行っている。殿下が出てきたら応接室にお連れしろ」
『かしこまりました』
「エルザ、行くぞ」
「えぇっ、私もですか? せっかく面白くなりそうなのに」
「母親のくせにそんなこと言ってどうする。いいから行くぞ、紅茶と菓子を用意するから」
「はーい」
ウォールとエルザが応接室へと向かっていく。エルザは楽しそうにウォールに話し掛けていた。
二人の姿が遠くなったのを確認して、ジェシーがドアに耳を近付けた。
マギエルがジェシーをたしなめる。
「ジェシー、聞き耳を立てるのはやめなさい」
「いやぁ、やっぱり気になりますから。それにメイド長と、殿下のお付きの方もそうしてますよ」
彼女の言う通り、カミラとじいやもドアに耳を近付けていた。
マギエルが溜め息を吐いた。
「カミラ、君もか?」
「ジェシーと同じく、やはり気になりますので。執事長は気にならないんですか」
「……やれやれ」
ドアを見つめたまま、ポールがグロリアに尋ねた。彼女もドアを見つめていた。
「貴女は気にならないのですか?」
「アイラ様なら心配は無用です」
「もしかして、何を話すのか聞いているのですか?」
ばっと、ジェシーとカミラとじいやがグロリアに向いた。しかし彼女は、
「…………いいえ」
短く否定した。
そんな彼らとは対照的に、ヴェインだけは、
「ふわぁ……」
眠そうにあくびをしていた。
○
「それで? わざわざ二人きりにして、何を企んでやがるんだ?」
アイラの私室内。怪しんでいる様子を隠すこともせず、エディオットは問い詰めるようにアイラに聞いた。
しかしアイラは手近のテーブル前の椅子に腰を降ろしながら。
「不機嫌くらい隠したらどうですか? 『稀代の馬鹿王子』?」
「それがあんたの本性か?」
「さあ、どうでしょうね」
テーブルに置いてあったティーポットを傾けて、アイラは紅茶をとくとくと注いでいく。
「貴方も座ってはどうですか? 特別に紅茶を注いであげますよ」
「遠慮しよう。得体の知れない奴の注いだ茶なんか、喉を通らねえからな」
「結構な言い草ですね。誰かに聞かれたらどうするのですか?」
「むしろ好都合だ。ここを出る理由になるし、婚約も解消出来るだろうからな」
「ふふ……婚約と、解消ですか……」
アイラは口の端をわずかに歪めていた。
悪役がするような、それでいて惹き込まれてしまいそうな、ぞっとする妖艶な微笑だった。
相手に飲まれてしまわないように、気を確かに持ってエディオットは言った。
「何がおかしい?」
「安心してください。いまこの部屋には防音の魔法を施しています。私達の会話は外には漏れませんよ」
「…………、聞かれたら困る話でもするのか? 自分の使用人を信用していないのか?」
「それとこれとは話が別です。信用と秘密は両立するものですよ」
「…………、俺が秘密とやらを守るとでも?」
「守りますよ。貴方にも得のあるお話ですから」
ふふともう一度微笑したあと、アイラは紅茶に口をつけた。
彼女が紅茶から口を離すのを待たずして、エディオットが尖った声で問う。
「得のある話だと? どういうことだ?」
アイラはすぐには答えない。
紅茶を味わい、およそ十秒の十分な間を空けてから……カップを置いて言った。
「私と偽装婚約、偽装結婚しなさい、エディオット=シーラー」
「……⁉」
エディオットが目を眇めた。
「偽装、だと?」
「そうです。私達は表向きは仲睦まじい婚約者同士、その実は偽装の婚約と結婚をして、私達の周囲を欺くのです」
「……何の為にだ? やる意味が分かんねえな?」
「あら、貴方ならすぐに気付くと思いましたけど? 私の見込み違いかしら?」
(この女……)
挑発してやがる。
エディオットは即座に頭脳をフル回転させる。
彼は『稀代の馬鹿王子』と揶揄されている人間だ。普段であれば、誰に馬鹿にされようがひょうひょうと受け流していた。
しかし、いま目の前にいる相手にだけは、アイラにだけは、負けるわけにはいかねえという気持ちが勝っていた。
テーブルに右手をついて、エディオットは答えた。
「なるほど、財産と権力目当てか。あんたはエインズ家の、俺は王家の。結婚すれば次期後継者に近付く、だから偽装するんだな」
「五秒ですか。まあ合格点ですね」
「いちいちむかつく女だな」
「よく言われます。貴方以外は敵対してきた人達に、ですけど」
「俺も敵対してえ気分だけどな」
「やめた方が良いと思いますよ」
「…………」
「…………」
二人は見つめ合う。
恋愛物語にあるようなロマンティックな視線の交差ではなく、ともすれば火花が散ってしまいそうな、相手の深層を探る眼差しで。
エディオットはテーブルの上にあったティーポットを持つと、もう一つのカップに紅茶を注いでいった。
そしてなみなみと注がれた紅茶を、ぐいと一息に飲み干していく。
かちゃんとカップを置いて、エディオットは宣言した。
「いいだろう。毒を食らわば皿までだ。おめえの策に乗ってやるよ」
「誰が毒ですか」
「おめえのことだよ」
「私が毒なら貴方は皿ですか」
「俺は薬だよ。善良で正義感に溢れる、な」
「欺瞞に満ちた道化の間違いでしょう」
「ほざけ」
「ま、とにかく契約は成立ですね」
アイラはニヤリと笑んだ。
エディオットは無愛想な仏頂面をした。
そして、ここに二人の偽装契約が成立したのである。
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