【望んだ再会とアイラの策謀】 2
ポール、マギエル、カミラの三人が横並びで先導し、続いてエディオット、ウォール、エルザの三人が並んで歩く。そして最後尾にじいや、ヴェイン、ジェシーが並んでついていく。
(護衛か……ってことは、この五人はそれなりに戦えるってことか)
エディオットの見立て通り、前後の五人の使用人達は案内と同時に護衛の役割も担っていた。
無論、エインズ邸およびその周囲の防犯は万全を尽くしている。この護衛は王族に対しての、万が一の事態に備えての護衛だった。
(護衛がいるから仕方ないとはいえ、何だか窮屈だねえ)
まるで逃げないように見張られている気もして、エディオットは少し気疲れしてしまう。
長い廊下を歩く間をつなぐためか、ウォールがエディオットに声を掛けた。
「ところで、殿下はアイラのことをどう思った? 先日、初めて対面した時に」
「藪から棒ですね」
「娘に対する印象が気になるのは、親としては当然のことだろう。婚約者なら尚更だ」
「それもそうですね」
「それで、どう思った?」
「…………」
前を歩く三人の使用人はエディオットのことを盗み見てはいないが、一言一句聞き漏らすまいと耳をそばだてているのが分かった。
また後ろの使用人の、注視してくる視線を感じた。
(返答次第では、後々面倒なことになりそうだな。どう答えたもんか)
正直に、婚約には乗り気ではないと言ってしまった場合……下手をすれば、王家とエインズ家の不和を招いてしまうかもしれない。
(親父達から勘当されるのはなあ……やっぱ、いまの暮らしは捨てたくないし、極力避けたいよなあ)
かといって嘘やお世辞を言っても、見破られる可能性があった。そのような眼光の鋭さがウォールにはあった。
(嘘をついてバレたら、それもそれでやばいしなあ。マジでどうしたもんか)
エディオットの思考は目まぐるしく回転していた。エインズ家を敵に回すことなく、それでいて当たり障りのない返答をする……そのための言葉を必死に考えていた。
「どうかしたかな、殿下?」
「あ、いや、その」
後ろを歩くじいやがはらはらしているのが、手に取るように分かるようだった。下手なことは絶対に言わないでくださいね殿下……などと思われていると容易に察せられた。
これ以上、返答に時間を掛けるわけにはいかないな……とにかくエディオットがなにか言おうと口を開いたとき、エルザが無邪気な声を挟んできた。
「あなた、愚問はよしてくださいな」
「愚問? 何のことだ?」
「だってアイラは私に似てすっごい可愛くて綺麗で理知的なのよ。殿下だって間違いなく一目惚れするに決まってるじゃない」
「……アイラを褒めるのは否定しないがな。だからといって殿下が一目惚れするかは……」
「あら、だって好きになったから、こうして我が家に遊びに来てくれたんでしょう? 嫌いな人の家になんて、わざわざ来るわけないもの」
「はあ……」
「何で溜め息をつくの?」
「お前は少し静かにしていなさい」
「えー?」
「えー?じゃない」
ウォールが改めてエディオットに言う。
「すまないな、殿下。妻の言うことは気にしないでくれ。こいつは恋愛脳なんだ」
「はぁ……」
どう返事をしたらいいのか分からなかったので、エディオットは曖昧な声をこぼすに留めた。
「それで話の続きだが……聞くのは後にしようか。アイラの部屋が見えてきた」
エディオットの視界の先にも、一つのドアが見えてきた。あれがアイラの私室なのだろう。
「いまさらなんですけど、お嬢さんの私室で良かったのですか? 俺は応接室でもいいんですけど……」
「アイラが決めたことだ。あいつはティータイムが趣味でな、殿下とも一度、一緒にティータイムを過ごしたいと言っていた」
「…………」
ウォールの言葉を聞いて、エディオットは内心で訝しんでいた。
(何を考えているんだ、アイラ=エインズ? まさか本当に婚約に乗り気になったわけじゃないよな?)
先日会ったときに見た彼女の印象は、可愛く綺麗ではあるが油断も隙もない女、というものだった。
そのアイラ自身が、エディオットに話したいことがあると言っていたらしいのだ。愛の告白や婚約の受諾だとは到底思えなかった。
(絶対に何かあるはずだ。油断せずに、気を引き締めていかねえとな。飲まれちまうぞ)
エディオット達はアイラの私室の前に到着する。
エディオットは相手に飲まれないように、改めて心を奮い立たせていた。
○
エディオット達が室内に入ったとき、アイラは立って彼らを迎えていた。
「いらっしゃいませ、エディオット殿下」
アイラがカーテシーをする。彼女のそばには、以前見たことのあるメイドもいた。
(グロリアっていったか、このメイド。前もアイラ=エインズのそばにいたってことは、間違いなく専属メイドだな)
そう観察しながらも、エディオットはアイラへと挨拶を返す。
「お久しぶりです、エインズ嬢。本日はお招き頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ、お越しくださりありがとうございます」
顔を上げたアイラがにっこりと笑む。母親に似た笑顔だったが、ほのかに繕った印象をエディオットは受けた。
母親が無邪気な笑顔であるならば、こちらは作為の笑みといった感じだった。
「ですが殿下、せっかく私達は婚約者なのですから、他人行儀のような呼び方はやめて、互いに名前で呼び合いませんか?」
アイラの提案に、エディオットは内心で身構えた。
(名前呼びだと? まるで婚約者であることを、周りの者達にアピールしているようだな)
エディオットがそう思ったように、端で聞いていたウォールも片眉をわずかに動かしていた。婚約に乗り気ではなかったはずなのに、何かを企んでいるな、と。
しかし二人の訝しみは露知らず、エルザは素直に嬉しそうに、両手を合わせて声を出した。
「良い提案ね、アイラ。そうしましょう。これから二人は名前で呼び合いましょうね」
「ええ、お母様」
アイラはにこやかに笑い返したが……エディオットとウォールは、
「「…………」」
とエルザをちらりと横目で見た。
二人とも、ある意味彼女がうらやましいと思った。
エルザとアイラの言葉に、今度はじいやが声を挟む。
「私も良い提案だと思います。殿下、是非そうしましょう」
「…………」
「殿下」
じいやとしては、なんとしてもこの婚約を成功させたかったのである。
その気持ちが分かってしまい、またこの場の雰囲気を壊すわけにもいかないので、エディオットはとりあえず承諾することにした。
「……分かった。アイラさん。これでいいか?」
「はい。私はエディオットと呼ばせて頂きますね」
アイラが三度目の笑顔を浮かべる。
なにも知らない者がその笑顔を見たならば、一目で虜になってしまいそうな、可愛らしく美しい笑顔だった。
しかしだからこそ、エディオットの警戒心はより強まっていく。
(この女、自分の武器を熟知してやがる……マジで油断ならねえな)
……さすがにこれでこちらが落ちるとまでは思ってないだろうが。




