【望んだ再会とアイラの策謀】 1
とある日の午後。王家第四王子のエディオット=シーラーは、エインズ本家の屋敷の前に来ていた。
「おい、じいや」
「何でございましょうか、エディオット様」
「何故俺はこんなところにいるんだ? 当初の予定なら惰眠を貪ってるか、趣味に興じているはずだろう?」
老年の執事のじいやは首を少し振った。やれやれと思っているのだろう。
「王宮でも馬車の中でも説明したではないですか。先日、婚約前の見合いを中座してしまった為に、その謝罪に訪れたのですよ。またエインズ家第一令嬢のアイラ=エインズ様も、エディオット様にお話したいことがあるから、是非お会いしたいとのことです、と」
「つまり謝罪をして、あの女の無駄話に付き合えば、婚約は解消してくれるということになるのだな?」
「なりません。お二人のご婚約は既に成立しております。よほどのことがない限りは、婚約が覆ることはありません」
「つまりよほどのことがあればいいんだな?」
「殿下」
じいやがエディオットを見つめた。
エディオットは鉄の門に向いたまま、ひょうひょうと答えた。
「心配すんなって。いくら俺でも、王家に泥を塗ったり俺自身がやばくなるようなことはしねえって」
「殿下。いくら王家第四王子である殿下であったとしても、王家や私達が取り繕えることには限界がございます。相手は多大な力を持つエインズ家、くれぐれも浅はかな真似はおやめください」
「だから分かってるって。いいから行くぞ。門番とかはいるのか?」
(本当に大丈夫でしょうか……)
じいやは一抹の不安を覚えながらも、門の横にあったボタンを押した。
歯車仕掛けか魔法具による呼び鈴かと推察していたが、エディオット側にはなんの音も反応も見聞き出来なかった。
「おい、その呼び鈴壊れてん……」
のか?
エディオットがそう尋ねようとしたとき、門横の小さな通用口が開いて、執事の格好をした者が姿を見せた。
「ようこそ、お越しくださいましてありがとうございます。私はエインズ家執事のポールと申します。王家第四王子エディオット=シーラー殿下とお付きのお方でございますね」
「これはこれはご丁寧にどうも。いかにも、このお方はエディオット殿下でございます。本日は先日の非礼の謝罪と、アイラ様のお招きに応じる為に参った次第でございます」
「では、こちらへどうぞ。ご案内致しますので、私の後についてきてください」
「了解致しました」
執事同士の会話に、エディオットは内心で肩を竦めていた。
(やれやれ、堅苦しい挨拶が好きだねえ。これだから執事ってやつは……)
ポールのあとについて、二人は屋敷の敷地内を進んでいく。その最中、じいやがエディオットに小声で耳打ちした。
「エディオット様。あの者、ただの執事ではございませんぞ」
「…………」
エディオットはじいやを横目で見たあと、再び前を向いてポールを見る。
小声で答えた。
「なんとなく分かるさ。背中を見せてるってのに、油断も隙もねえからな」
玄関が開き、三人はエインズ邸のなかへと足を踏み入れていった。
○
広すぎる玄関ホールでは使用人達が頭を下げて歓待の挨拶を述べていた。
『ようこそいらっしゃませ、エディオット殿下』
屋敷中の使用人が全員集まっているのではないかと思われるほどの大人数であり、そして彼らを難なく全員収容できるほど広すぎる玄関ホールだった。
(ひゅー、もしかしたら王宮に匹敵するか、下手すりゃそれ以上なんじゃねえか?)
そう思いながらも、一方でエディオットは辟易してもいた。
自分が王子だから仕方がないのは分かるが、あまりにも大袈裟すぎやしないか、と。
玄関ホールの左右に並んで頭を下げていた使用人達の先に、二人の男女がいた。
ポールがその二人の元まで向かい、エディオット達も男女の前に立つ。ポールが横に退くように控えてから、まず男が口を開いた。
表面的で薄っぺらい笑顔のない、至って真面目な顔つきだった。
「ようこそ、エディオット殿下。私はウォール=エインズ。殿下の父上である国王とは旧知の仲です」
「あ、ども……」
差し出された手を、エディオットも握り返す。普段はひょうひょうとしている彼だが、流石にエインズ家当主夫妻のお出ましには内心少し緊張していた。
そんな彼を見て、一歩後ろに控えていたじいやは心のなかでひやひやしていた。もっとちゃんと挨拶してくださいと思っていた。
ウォールに続いて、今度は隣にいた夫人が挨拶する。ウォールとは対照的ににこにことした笑顔を浮かべていた。
「こんにちは、エディオット殿下。私はエルザ=エインズ、ウォールの妻です。これからよろしくね」
「あ、こちらこそ……」
エディオットはエルザとも握手を交わす。そうしてから、内心ではっ⁉としてしまった。
(やべ、いまのよろしくって、まさか婚約とか結婚後とかの意味も含まれてんのか? そのつもりはなかったんだが……いやでもいま否定したら流石にやべえか……?)
思考はぐるぐる回転していたが、夫妻や周囲には悟られないように顔は平静を保っていた。
いま、エインズ夫妻に直接無礼を働けば、たとえ王族といえども処罰は免れないだろう。さすがに死刑とまではいかなくとも、流刑や禁固刑にはなってしまうかもしれなかった。
(くそ……とにかくいまは何とかやり過ごすんだ。婚約や結婚の拒否を切り出すのは、もっとタイミングを見極めてから……)
エディオットが考えている間にも、ウォールは言葉を続けていっている。
「すまないが、次女のキャロルは今日は学園でね。挨拶は次に会った時にとっておいてくれ」
「あ、はい、分かりました……」
「それではアイラの部屋まで案内しよう。あいつ、殿下に話があるとか言っておきながら挨拶には来ないとはな。すまないな、殿下。あいつには後できつく言っておくから」
「あ、いえ、お気になさらずに……」
ウォールが主だった使用人達に指示を出した。
「ポール、マギエル、カミラ。アイラの部屋まで先導しろ。ヴェイン、ジェシーは後ろについてこい」
『かしこまりました』
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