【甘い声と美人局】 1
夕方。
その日も冒険者ギルドでクエストを受けたスティーブは、特にトラブルに巻き込まれることもなく、無事にクエストを終えていた。
そしてギルドにその完了報告も終えて、彼は帰路に就いていた。
一歩後ろには男装執事のネルンの姿もある。
「今日も可愛かったなー、ギルドの受付嬢ちゃん」
「懲りませんね、スティーブ様は」
「何が?」
以前の受付嬢の一件に関して、スティーブは彼なりに吹っ切れているようだった。
「スティーブ様は相変わらず能天気だということです」
「いやぁ、そんな褒めるなよ」
「褒めてません」
「それにしても、あのギルドって可愛い子多いよな。毎日行く度テンション上がるぜ」
「旦那様は毎日落ち込んでいますがね」
「ん? 親父、なんか嫌なことでもあんのか?」
「はぁ……」
ネルンは溜め息を吐いてしまう。
……スティーブ様が後を継ごうとせずに、毎日のようにギルドに行ってるからですよ……。
「なんで溜め息ついてんだ?」
「スティーブ様には後継者である自覚を持って……」
ネルンが言い切る前に、二人に声が掛けられた。若い女性の声だった。
「ねえねえ、お兄さん達ぃ、いま暇ぁ?」
スティーブとネルンが振り返ると、一人の女性がいた。胸元の開いた上着に、短いスカートを着た女性だった。
その女性がネルンのことに気付く。
「あれぇ、そっちは女の子だったのぉ? 紛らわしい格好してるから、てっきりぃ」
ネルンは訝しげに片眉を動かした。
(……分かりやすい勧誘ですね。どこかのキャバクラか風俗店、あるいは高額請求のお店でしょう)
ネルンは再び前を向きながらスティーブに、
「行きましょう。屋敷で夕食の用意が……」
言おうとしたのだが、彼女の言葉を聞かずに、スティーブは女性の手を取っていた。
「綺麗な方ですね! それにとってもエロ可愛い! 俺興奮してきました!」
「ありがとぉ。じゃあお茶でもしないぃ? そこに良いお店があるのよぉ」
「行きます行きます! どこでも行きますとも!」
「こっちよぉ」
女性に腕を組まれながら、スティーブは茜色に染まる道を歩いていく。
「はぁ……」
ネルンは額に手を当てていた。頭が痛くなるようだった。
○
(案外普通のお店ですね)
レストランのテーブル席に座って周囲をそれとなく観察しながら、ネルンは思っていた。
四人掛けのテーブル席の対面側には、スティーブとさっき出会った女性がにこやかに話している。
「ロールちゃんは何食べたいー?」
「えーっとねー、これー」
「うわー、たっかいなあー」
「ダメー?」
「全然、いいよー」
端から見ているネルンは溜め息を吐いていた。完全にバカップルの様相を呈していた。
(まったく、スティーブ様は相変わらずなんですから……)
明らかにその女性は何かしら目的があって、二人に接触していた。その目的の具体的なことまでは分からなかったが。
(このお店自体は、普通のレストランといった感じですね。店員も客も、怪しい挙動は見られません)
ネルンはメニューに目を向ける。
メニューに記載されている料理も値段も、常識の範囲内ではあった。さっき女性が注文した料理も値段は高いものの、あくまで他の料理と比較して高めということであり、法外ではない。
(メニューの値段もぼったくりではない。ならば、この女性はスティーブ様を狙う刺客……いえ、プロの暗殺者のような、あの独特の気配はありませんね……)
プロの暗殺者は一般人に紛れて、標的に近付くことがある。
しかしネルンには、この女性からは暗殺者特有のモノを感じなかった。つまりこの女性は暗殺者ではなく、能力的には一般人と大して変わらないとネルンは結論付けていた。
(だとすれば、推測出来る可能性は……)
そのときレストランのドアが開いて、一人の大柄で厳つい男が入店してきた。




