【エインズ家メイド長:カミラ】 2
お店に向かう馬車の中で、エルザ様は私に聞いてきました。
「そういえば、どうしてカミラとマギエルは離婚しちゃったの?」
「いきなりですね」
「気になったから。お似合いの夫婦だと思ってたのに」
「……彼が私の買ってきたプリンを食べたからです」
「プリン?」
エルザ様は目を丸くしました。
意外すぎる理由だったからでしょう。
「はい。冷蔵魔法具に入れておいたプリンを、彼が食べたのです。お風呂上がりに楽しみにしていたのに」
エルザ様はくすくすと笑みをこぼしました。
「まるで子供の喧嘩ね」
「私にとっては重大な理由であり、彼の裏切り行為だと判断しました。よって離婚を突きつけて、彼も納得してくれました」
「でも一緒の職場で働き続けているし、お話も以前と変わらずにしているわよね?」
「はい。仕事ですので。仕事と私的感情は別です」
「プロねぇ……でも、本当にそれだけかしら?」
「…………」
黙る私に、エルザ様はくすりと笑います。
「プリンを食べたからというのはきっかけに過ぎなくて、本当はもっと深い理由がありそうだけど? 仕事に私的感情を持ち込まない貴女らしくないから」
「…………」
「違う?」
私は観念して息をつきました。
こういう洞察力はあるのですから……。
「仰る通り、プリンはあくまできっかけ、いわば離婚を切り出す為の表向きの理由です」
「本心は?」
「……心に深い傷を負わないようにする為でしょうか。語弊を怖れずに言うならば、エインズ家の使用人……とりわけ私や彼のような戦闘能力もある者は、荒事を任されることがある仕事柄、いつこの世に別れを告げてもおかしくありませんから」
「…………」
今度はエルザ様が真面目な顔になって、押し黙ってしまいました。
「ですので、非業の死別を遂げて傷を負ってしまう前に、別れを切り出したのです。それが私にとっても彼にとっても、無難だと思いましたので」
「…………あくまで他人なら、ただの同僚なら、悲しみも少なくて済むと考えたのね……」
「はい」
「…………」
「…………」
私達はしばらくの間、口を開きませんでした。
ぱからぱから、がらがら……馬の足音と車輪の回る音だけが続きました。
やがて、エルザ様が口を開けました。
「……ごめんなさいね。重荷を背負わせてしまって」
「奥様が謝罪する必要はございません。エインズ家の使用人として働く以上、覚悟の上での仕事です」
「でも……」
「むしろ、私の方こそ申し訳ありません。せっかくの楽しいお出掛けなのに、暗く重い気持ちにさせてしまって」
「…………」
エルザ様は私を見つめて仰いました。
「お店に着いたらいっぱい食べましょう。甘くて美味しい物を食べて、暗い気分を吹き飛ばしましょう」
「いえ、食べ過ぎるとお夕食が食べられなく……」
「そこは、はい、ってうなずくところよ」
「……はい」
「よろしい」
エルザ様はにっこりと笑いました。
○
エインズ邸。使用人達が食事をする広い部屋。通称、『食堂』。
偶然にも、いまは執事長のマギエルと私しかいませんでした。
食器の載ったトレイを持って、私は彼の隣に座ります。
彼が片眉を動かしました。
「席は他にもあるぞ?」
「いけませんか?」
「いけなくはない」
「ならいいでしょう。ここに座りたい気分なので」
「……勝手にしろ」
ナイフとフォークでステーキを切りながら、彼に聞きました。
「いまはどんな任務をしているのですか?」
「ロジャー警部に協力して、ある事件の被害者について調べている」
「事件?」
「先日新聞に載った、バラバラ殺人だ。その被害者が、以前エインズ家や私が関わった可能性がある者かもしれないと言われてな」
バラバラ……。
目の前には切れ目が入ったステーキ……。
「もう少しオブラートに包んだらどうですか? せっかくの食事なのに」
「聞いてきたのは君だ」
「相変わらずデリカシーに欠けますね。だから離婚することになったんですよ」
「言ったのは君だ」
「はあ、まったく……」
私は深い溜め息を吐いてしまいます。
「それで? 関わったかもしれない人物って?」
「結局聞くのか」
「気になりましたから」
「ドロパウト男爵家のデリー=ドロパウトだ。以前、この屋敷の敷地内に侵入し、ヴェインと私で捕らえた者だ」
「ああ……キャロル様に逆恨みしていた」
そういえばそんな人もいましたね。キャロル様と本当に同年代なのか疑わしい、性格の人でしたが。
「死体には首から上がなかったそうだが、家族は手足のホクロの位置や形がそうだと証言したらしい。しかし警察はいまだに手掛かりに欠けている為、以前関わったことのあるエインズ家に協力を要請してきた次第だ」
「それで、結果は?」
「まだ調査中だ。それに判明したとて、いくら君でも機密を漏らすわけにはいかない」
「それはそうでしたね」
「だが、そうだな、言えることがあるとすれば……」
マギエルは動かしていた手を止めました。
「この事件は当初の想定以上に、闇が深いかもしれない」
「…………」
彼はいつものような鋭い目でそう言いました。
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