【嘘偽りの婚約者】 1
ハイネス侯爵家の令嬢、ヘレナ=ハイネスには、親同士が決めた婚約者がいた。
政略結婚だった。
「君との婚約は親が勝手に決めた政略結婚だ」
「分かっています」
「こうして君と会っているのも、親に小言を言われない為だ」
「分かっています」
「ならいい」
街なかのカフェテラス、彼はコーヒーに口をつけ、ヘレナもまた毅然とした態度で紅茶に口をつける。
彼の名はライア=レオンといった。レオン侯爵家の跡取り候補だった。
「どこかで僕の家の者が監視しているかもしれない。僕達の関係を誤魔化す為に、どこかに行くことにする」
「そうしましょう。もう決めているのですか?」
「この前は博物館に行っただろう、二度も続けて同じ場所に行ったら怪しまれる。今日は劇を観に行くとしよう」
「それは良い提案ですね」
ライアが店員を呼び、支払いを済ませてから立ち上がった。彼のあとにヘレナも続けて立ち上がり、二人は劇場へと歩いて向かっていく。
普段はヘレナには専属の使用人がそばについているのだが、今日に限ってはいなかった。ライアの専属使用人もいない。
先の二人の会話のように、この会見での会話を使用人達に聞かせないように……二人きりで会話するためだった。
「馬車には乗らないのですか?」
「小窓がついていて中が見えるとはいえ、君と密室で二人きりでいて、早まったことをしたと使用人に勘違いされては困るからな。歩いて行く」
「その方が無難ですね」
ヘレナとライアは並んで歩いているが、手はつないでいない。
博物館に行ったときも、美術館に行ったときも、動物園に行ったときも、手はつながなかった。
劇場に着くまでの間も、誰かに聞かれても困らないような無難な会話しかしない。
「どのような劇を観るのですか?」
「使用人に監視されても都合が悪くないもので、かつ僕達の仲を疑われないものにする。最近、妹が話題にしていた、恋愛漫画が原作の劇を観に行こう」
「その作品なら私も知っています。好評らしいですね」
「列が出来ていて長時間並ぶようだったら、別のものにするがな」
「分かりました」
劇場に着いたとき、運良く受付の前には人があまり並んでいなかった。チケットも残りの数は少なかったが、購入することができた。
「やはり人気らしいですね。私達の分で丁度チケットが売り切れたようですから」
「ついさっき、予約されていたチケットがキャンセルされて空きが出たらしいな。運が良いのか悪いのか」
そのチケットのキャンセルは通信魔法でおこなわれたらしい。
「その方にとっては不運でしょうね。私達にとっては……やはり運が良いとは言えないでしょう。特別、これを観たかったから観に来たというわけではありませんから」
「……そうだな。これがなければ、別のを観ていただけだ。何か適当なものをな」
演劇時間が近付いてきて、ホールのドアが開いて二人は他の大勢の観客とともになかに入っていく。二人が座ったのは最前列から三番目の、真んなか辺りの席だった。
「見やすい席ですね。予約していた方は本当に残念だったでしょう」
「もっと前の方が良かったのか? それこそ最前列とか」
「さっき言った通りです。これが観れなければ、別のを観れば良い。それだけのことですわ」
「そうだったな」
天井に灯されていた照明魔法具が消灯し、壇上の幕が上がっていく。
ヘレナとライアは演劇に目を向け始める。
しかしときおり、周囲の様子をうかがうように、それとなくライアは周りの観客やヘレナのほうにちらりと視線を投げていた。
ヘレナは演劇に観入っていた。
その間、やはり二人は手をつないでも触れてもいなかった。
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