【嘘偽りの婚約者】 2
ヘレナが帰宅すると、使用人達が玄関ホールに並んで頭を下げていた。
『お帰りなさいませ、ヘレナお嬢様』
「ただいま、みんな」
使用人達の列の最後尾には、以前までヘレナの専属メイドだったイメルダの姿もある。以前の社交パーティーの一件以来、彼女はヘレナの専属メイドから外されていた。
「イメルダ、部屋に来てちょうだい。話したいことがあるわ」
「かしこまりました、お嬢様」
とはいえ、ヘレナからイメルダへの親しみの念は変わっていない。ヘレナはなにかしら誰かに話したいことがあると、イメルダにまず話すことが多かった。
私室への長い廊下を歩くヘレナの一歩後ろを、イメルダと、現在ヘレナの専属メイドであるメイド長が並んで歩く。
「メイド長、イメルダの再教育はどう?」
「元々、ヘレナ様の専属メイドだったのですから、メイドとしての役割に不満はありません。改めるべきは、思考の方でした。それもいまは反省しているようです」
ヘレナが今度はイメルダに聞く。
「ということだけど、イメルダ、アイラさんの専属メイドのグロリアさんのこと、いまはどう思ってるの?」
「……彼女はまさしく優秀なメイドです。また護衛としても素晴らしく、アイラ=エインズ様が彼女を重用する理由も分かります」
「本音は?」
「あいつは私のライバルです! メイドとして、これからは絶対に負けません! 無論、二度とヘレナ様を危険に晒さない範囲で、でございますが」
「ふふ、頼もしいわね。貴女が私の専属メイドに返り咲くことを心待ちにしてるわ」
胸の前で拳を握るイメルダに、ヘレナはくすりと微笑みをこぼす。しかしメイド長はやれやれと溜め息を吐いていた。
ヘレナの私室のドアが見えてきて、三人は室内に入る。
白いテーブルの前に座りながら、ヘレナが言った。
「ティータイムの準備をお願い」
「「かしこまりました」」
メイド長とイメルダが魔法陣を出現させる。収納魔法の陣だ。
そこからメイド長は食器の載った台車を出し、イメルダはお菓子や茶葉の箱や保存容器に入った水を出していく。
イメルダが皿にお菓子を盛り付けていき、メイド長が炎魔法で湯を沸かしているなか、世間話をするようにヘレナが口を開いた。
「さっき外でレオン侯爵家のライアさんと会ってきたわ」
メイド長が相槌する。
「さようでございましたか」
「一応聞くけど、メイド長は近くにいたのよね?」
「仰る通り、ヘレナ様に危険が及んだ際に対処出来るように、お二人から見えない場所から見守っておりました」
「話は聞いてないわよね?」
「ご心配はございません。見守ることはあっても盗み聞きしないようにと、ヘレナ様に釘を刺されました故」
「そうだったわね。二人に率直な意見を聞きたいのだけど、ライア=レオンさんのこと、二人はどう思う?」
「「……!」」
メイド長とイメルダは一瞬視線を交わした。
先にメイド長が答える。
「ヘレナ様の婚約相手としても、ハイネス侯爵家の相手としても、遜色ないお方だと思います。ライア=レオン様ならば、ヘレナ様をきっとお幸せに出来るでしょう」
「…………」
次にイメルダが口を開く。
「私もメイド長と同意見でございます。容姿端麗、頭脳明晰、周囲からの人望も厚く、家柄も申し分ない、好色漢でもない。あのお方になら、ヘレナ様をお任せ出来ると思います」
「…………」
二人の意見が本心であることは、ヘレナには分かっていた。
カップに紅茶を注ぎながら、メイド長が尋ねる。
「何か問題でもございましたか?」
「いえ、そういうわけじゃないわ。二人がどう思っているか聞きたかっただけよ」
……ライアさんに言われていることは、皆には話さない方がいいわね。
紅茶に口を付けながら、ヘレナはそう思っていた。
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