【『稀代の馬鹿王子』:エディオット=シーラー】 2
「だりぃよー、面倒くせぇよー、帰ろうぜぇー」
「なりません、エディオット様。相手はあのエインズ家。正当な理由なく勝手に帰ることは許されません」
文句を言うエディオットを、白髪の老執事が諌めていた。
しかしエディオットは大きなあくびをしながら。
「あー、なんか頭がぼぉーっとしてきたー。こりゃー風邪かもなぁー?」
「馬車の中で居眠りしていたのにまだ眠いのですか?」
「肩も足も痛くなってきたー、関節痛だなこりゃー」
「筋肉痛でしょう。この会見をサボりたいが為に、何日も前から過度な筋トレやランニングをしておられたではないですか」
「だから回復魔法が追いつかないくらい身体が疲れてるんだよ」
「それがサボりの言い訳だと言っているのです」
「ちっ」
「はぁ……」
エディオットは舌打ちしていたが、反面、執事は本当に頭が痛くなってきたように溜め息を吐いていた。
やがて二人はレストランの奥にある一室へと到着する。ドアを開けて入ってすぐに、エディオットはテーブル席に座るアイラに気付いた。
(ふぅん、美人は美人だな)
一瞬の間ではあるが、エディオットが観察の目を向けるのと同じく、アイラも彼のことを観察する目で見ていた。
(俺を真面目な顔で観察するたあ、本当に真面目なのか抜け目がないのか。内心では嫌なんだろうけどさ)
エディオットはアイラのそばに控えるメイドに目を向ける。
直後、彼は目を見開いて早歩きでグロリアに近付き、彼女の手を取った。
「可愛い! 超好みです! ドストライクです! お名前は何ていうんですか⁉」
「……っ⁉」
さすがのグロリアもかすかに動揺してしまった。
まさかアイラがいる前でこんなことをするとは予想していなかったのだった。
真面目な顔を崩さないまま、アイラが言った。
「名乗ってあげなさい。その馬鹿すぎる王子に」
「……グロリアと申します」
アイラの言葉は極めて不敬のはずだが、そんなことは一切気にした様子もなく、エディオットは握る手に力を込めた。
「グロリアさん! 良い名だ! 俺の愛妾になるのはどうですか⁉ 妻が出来るまで大事にしますし、妻が出来た後はその次に大事にします!」
「…………」
エディオットに対する怒りや呆れよりも、アイラがどんな反応を示すかのほうが、グロリアははらはらして気が気でなかった。
アイラは目をつぶるようにして、ティーカップに口をつけていた。
普段と同じ佇まいではあったものの、少なからず気分を害していることがグロリアには分かった。
(王子が席に着く前、オードブルが到着する前に、断りもなくもうお飲み物をお飲みになるとは……)
この会見も婚約もまた失敗に終わりそうですね……とグロリアは予想がついてしまった。
グロリアはエディオットに丁寧に答える。
「王子殿下自らのお誘い、大変ありがたいのですが、申し訳ございません。私は一メイドの身分であり、殿下のお誘いを受けることは出来かねます」
エディオットのそばにいた執事も、怒りを堪えながら諌める。
「エディオット様。お恥ずかしい真似はお止めください。貴方は王家当代の第四王子としての自覚を持ち」
「あー、分かった分かったよ。グロリアさん、すみませんね、いきなりこんなこと言って混乱させてしまって」
案外素直に引き下がりましたね。
エディオットが手を離すのを見ながらグロリアはそう思った。直後、彼女は夜闇の中庭に面している大窓へと視線を飛ばした。
「……!」
それとほとんど同時に、エディオットが大声で騒いだ。
「うわっ! 虫だ!」
彼が大窓へと魔力の弾を発射する。それはガシャァン!と大きな音を立てながら窓ガラスを粉々にして、夜の帳のなかへと飛んでいった。
レストランのスタッフが慌てた声を上げて駆け寄ってきた。
「で、殿下⁉ どうされました⁉」
「虫だよ! でっけー黒い虫がいやがった! 俺の大嫌いな虫だ!」
エディオットがドアへと踵を返す。
「帰る! こんなところにいられるか! 窓の修理代は後で請求してこい!」
「殿下⁉」
部屋から出ていくエディオットを、レストランのスタッフと執事が慌てて追いかけていった。
部屋に取り残されたアイラが、そばに控えるグロリアに声を掛けた。
「確かに、虫、いたわね」
「ええ、とても大きな害虫が」
「殺してるかは分からないけど、警察を呼んでおきなさい」
「かしこまりました」
「それと……」
少しの間。
アイラは思案しているような顔つきだった。
「アイラ様?」
「……エディオット=シーラーの調査の件、もっと詳しく調べておきなさい。ただし、今度はあの男自身の奇行じゃなくて、その時の周囲の人々や状況を細かくね」
「……かしこまりました」
○
約一週間後。
エインズ邸、アイラの私室にて。
紅茶に口をつけるアイラにグロリアが伝えていた。
「王家第四王子、エディオット=シーラーの調査の件、完了致しました」
「そう。結果は?」
「アイラ様のお考えの通りでした」
グロリアは調査結果を読み上げていった。
○




