【『稀代の馬鹿王子』:エディオット=シーラー】 1
エインズ邸、ウォールの私室にて。
「それでお父様、話ってのは何かしら?」
「お前の新しい婚約者が決まった」
「……はぁ」
アイラは小さな溜め息を吐いた。
「懲りないですね。また浮気するような女好きなんですか?」
「嫌味な奴だ。あれは俺も想定外の男だった。だが今度の相手を聞けば、お前も喜ぶはずだ。相手は王家の第四王子だからな」
「…………」
アイラは怪訝な顔になった。
「『稀代の馬鹿王子』と専らの噂の人じゃないですか。事前調査を怠ったのですか?」
「文句は後で聞こう。まずは明日、一度会え。その後で、お前の意見を聞こうじゃないか」
「十中八九、婚約をお断りしますけどね」
「なら俺は残りの一二に懸けるとしよう」
百戦錬磨のギャンブラーのように、ウォールは不敵な笑みをした。
○
依頼主の素性は分からない。聞かないことにしている。
それが俺の、暗殺者としての流儀だ。
『●月●日に催される、アイラ=エインズと王家第四王子エディオット=シーラーの見合いにて、二人を殺せ』
独自のルートを通して届いた依頼は、それだった。
場所や具体的な時間など、細かいことは知らされていない。自分で調べろということだろう。
前金では、一千万ゴールドもらった。依頼を完遂すれば、この十倍の一億ゴールドがもらえるとのことだ。
無論、依頼を受けた。
合計で一億一千万ゴールド。たった二人の人間を殺すだけで、しばらくは遊んで暮らせる金がもらえる。
やらない手はないだろう。
下調べの結果、二人の見合いの場所と時間が分かった。好都合なことに、日没後に貴族が通うレストランの一室でおこなうとのことだ。
庭園に面した大窓がある部屋だ。庭園の花々を観賞出来るように、大窓は開けられるようになっている。
調べたところ、その大窓は防弾防刃の強化ガラスではなく、普通のガラスだった。
暗殺方法はいくつか考えていたが、これならばシンプルな方法で行くことにしよう。
中庭になっているその庭園を挟んだ、その高級レストランの向かい側の棟の屋根に潜伏して、ライフルによる狙撃だ。
ライフルに魔法を付与するかどうかは一考の余地があるな。
毒の魔法を付与すれば、万が一気付かれても、弾がかすっただけで致命傷になり得る。
弾速上昇の魔法を付与すれば、そもそも避けられないスピードで撃てる。
ふむ……確実に仕留める為に、その二つを仕込んでおくか。
当然、魔力を探知されないように抜かりなく準備しておくが。
●
アイラと第四王子の会見当日。
レストランに向かう馬車のなかで、アイラはグロリアに聞いていた。
「それで、調査結果は? 超短期で急ぎの調査だったけど、何か分かった?」
「『稀代の馬鹿王子』のあだ名に相応しい逸話がいくつもありました」
「具体的には?」
「社交パーティーの際に突如として大声で笑い出し、腹を抱える彼に傍の者が聞いたところ、数日前に観覧した喜劇を思い出して笑ってしまったそうです」
「……他には?」
「地方の領主に会いに言った際に、領主の提案で鷹狩りをしたそうです。狩った猪や鹿などは調理してディナーに出す予定でしたが、エディオット第四王子だけは弾を外しまくったそうです。しかも風にそよいだだけの森の木々にびっくりして乱射したとのことでした。鷹狩りに同行した領主やその娘に当たらなくて本当に良かったと、領主の執事が言っていました」
「…………」
「他の逸話としては」
「いえ、もういいわ。どれも似たり寄ったりなんでしょう?」
「はい」
窓の先に会見場のレストランが見えてきた。
しかしグロリアがアイラに進言した。
「アイラ様、いまからでも遅くはありません。引き返しては如何ですか?」
「そうしたいのは山々なんだけどね。そうしたら、お父様に負けた気がして嫌なのよ」
「ウォール様に、ですか……?」
「私が十中八九断ると言ったのに、お父様は一二に懸けると言ったわ。お父様は無茶なギャンブルも負け戦もしない。それをする時があるとすれば、そうしなければならない時くらい」
「つまり……」
「何かあるのよ。お父様がそう言うほどの何かがね。私はその何かをまだ知らない。それなのに帰ったら、悔しいじゃない。それこそお父様に高笑いされるわ」
「…………」
「だから見極めてやるのよ。お父様にそれだけのことを言わせた、何かを突き止めるの」
(アイラ様……)
馬車が到着して、御者がドアを開く。
アイラと『稀代の馬鹿王子』の会見が始まろうとしていた。
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