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アーガスの聖典  作者: らすく
第二章 建国暦159年
22/30

21. シュテヴィンの密林(2/5)

 

 10年という年月の間で知人である彼等彼女等はどうなっているのだろうか。一欠片の想像すらできない歯痒さも後ろ髪を引く原因になっていた。


「ま、ホルダットに帰らないことにはヴォレインに戻ることもできないんだ。うじうじ考えるのはこれくらいにして、これからどうするかを話し合おうじゃないか」


 そう言って洞穴の出口を見れば未だ豪雨でまともに歩けそうにない外界が窺えて、始祖種が去るまでの暫くの間ここにいるしかなさそうだ。


「雨が止むまでどのくらいかかるんだ?」

「もしかしたら何日もかかるかもねぇ」

「まじかよ……」

「みなさーん、こっちに何かあるみたいですよ!」


 と、いつのまにか焚き火の側から姿を消していたシェイラの声が洞穴の奥から聞こえてくる。冒険心を擽られたのか好奇心に負けたのか、薄暗い穴の奥へ1人で進んでいたらしい。洞穴全体にぼわんぼわんと響くシェイラの声からかなり入り込んでいっている事がわかる。


「シェイラ!危ないから一人で行ってはいけないよ!」

「ごめんなさーい!」


 忠告はするものの、クラウンの赤い眼ほどの威力がなければシェイラに傷をつけることは難しい。アイリスの心配事はどちらかというと、単純にシェイラが迷子になることだ。


「お前は母親か」

「残念ながら母には会ったことがないよ」

「お、おう」

「さて、我らが魔導書様を迎えに行こう」


 揃って洞穴の奥へを進んでいくと、何か滑らかな壁の前に立つシェイラは興味深そうにそれをしげしげと眺めては、つうと指でなぞったり手元の魔導書を開いたりとせわしなく動いている。

 その奇妙な壁は洞穴の最奥にあり、岩というよりは鉄や銅に近い質感だ。シェイラがそれを拳で叩けばかかんと高い音を響かせ、石工の民(ドワーフ)の業物を思わせる緻密に磨かれた表面は傷一つなく、それも洞穴の中にあってこれが違和感を放つ原因であった。人の手が入っていることは間違いのない事であろうが、このような森の奥の崖の横穴の先に果たして誰が作ろうと思うのか、甚だ疑問だ。


「なんだこりゃ、妙な壁だな」


 徐に壁に手を触れたクラウン。するとその手を触れた部分が抵抗なく奥へ沈み、爪一つほど凹んだところでかちりと何かが引っ掛かった。


 がこんっ!


「うぉぁ!?」

「クラウンさん!」


 クラウンが立っていた正面の壁がちょうど人一人分ほどの四角い部分だけ下へ落ち穴が開く。その先はどうやら続いているようだが、灯がなく先を見通すことはできなかった。

 咄嗟に眼の魔法陣を輝かせ臨戦態勢に入ったクラウンだったが、特に何かの気配もない事を確認すると胸をなでおろす。その心臓は未だバクバクと落ち着かないが。


「な、なんだよ驚かせやがって……」

「あまり不用意に触れるものではないよ、危険な魔物だったらどうするつもりだったんだい」


 というアイリスの言に目を逸らしたのはシェイラである。なにぶん先程まで触りまくっていたのだ。


「危険はなさそうだからよかったけれど。……それにしても、なんだろうねコレ」

「わかりません。どこかのだれかが作ったものなのでしょうけど」


 開いた穴の奥はどれだけ睨んでも薄暗く不気味な空気を漂わせている。腕を組んでじっと見つめるアイリスに、傍で気を落ち着かせていたクラウンは嫌な予感がした。アイリスという男はシェイラ以上に好奇心で動くタイプなのだ。


「おい、まさか入ってみるつもりじゃないだろうな」

「怖いならここにいてもらって構わないよ?」

「なんだと貴様!」


 クラウンという男は非常に扱いやすい性格をしていた。



 というわけで手軽に灯りを点せるクラウンを先頭に、殿をアイリスにしてシェイラを挟んで進んでいくことになった。穴は側面から天井まで同じ材質で継ぎ目無く造られ、行き止まりへはそれほど時間を要さなかったが先へ進むこともできなくなってしまう。もしやと思い立ったクラウンがあちこちと手で触れてみればとある一か所がかちりと音を鳴らして引っ込み、再び一行を誘うように行き止まりの壁は下へと沈んでいった。

 道が開けたと同時に、周囲の壁全体から奇妙な甲高い音が鳴り始める。


「周囲の魔力濃度が高まってます……!」

「なっ!まさか罠か!」

「罠だとしたら、ここまで来てしまった我々にはどうしようもなさそうだが……」


 三人が警戒していると不意に視界が通った。どうやら理屈はわからないが壁自体が光を放ち、この不思議な鉄の洞穴全体を照らし始めたようだ。そしてそれはこの先も同様で、クラウンが開けた壁の向こう側には彼ら3人がやっと入れる程度の小部屋に繋がっており、見たこともない光を放つ板がいくつも並んでいる。

 意を決して入ってみると、そのうち最も大きい黒い板にはルーンに似た文字が光っていて、しかしその意味は皆目見当もつかない。だが突然槍が降ってくるだとか魔法が飛んでくるだとか、そういう侵入者を排除するものではなさそうだ。


「どうもこの場所全体が一つの建物のようだね」

「わざわざ山の中に建てるなんて、一体何のための場所なんでしょう……」


 部屋への出入り口は先程入った穴意外には無さそうで、この洞穴はここで終わっているらしい。色々と板に触ったりしてみても何かが起こるというようなことはなく、僅かに魔力が流れる謎の物体、ということくらいしかわからなかった。


「特に有益そうなものは無いようだね、一度戻るかい?」

「この辺の妙なモノ持って帰ったら金にならないか?」

「勝手に持って帰ってしまうのは良くないのでは……」


 そんなふうに部屋の中のあれこれについて話し合っていると(主に取り外して持って帰るかどうかの議論だったが)、部屋の魔力流れが突如切り替わり壁の向こうから鳴っていた音が大きさを増し始めた。


「何だ!?」


 黒い板はそれぞれがルーンを描き、表面に刻まれた模様に沿って一か所に集まっていく。

 場所は――――部屋の入口あたりだ。

 アイリスが剣を構えシェイラは本を開いて結界魔術を待機。残るクラウンはといえば、狭い場所で眼を開放するわけにはいかないため対象指定の炎魔法を右手に構えて臨戦態勢を整える。


 3人が注視する中、魔力密度が高まった個所から輝く糸が発現し絡み合って形を成す。それは人のような……シェイラと同じか少し小さいくらいの子供の背丈だった。どこか魔力投影に近いその光景は、それほど時を待たずして落ち着きを見せた。




 現れたのは生まれ10年かそこらの少女だ。栗色のボブカットにシェイラとそっくりな服装をした彼女の眼は灰色に濁り、その中に白い瞳孔が不気味に開いている。

 定まらない視線はふらふらと部屋の中を舐め、剣を構えるアイリスにぴたりと留まった。


「…………」

『…………』


 暫くのにらめっこの後、少女は口を開く。


『……初めまして』


 だが、その声は耳からではなく頭の中に響き渡る。どうやら何らかの魔法を使用しているようだ。

 突然頭蓋を飛び越える彼女の声に、3人は一層警戒を強める。


『……あー、"私"の言葉の意味を理解できているだろうか、ヒト種の者よ』


 随分とよそよそしいな……とクラウンは素直にそう感じた。

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