20. シュテヴィンの密林(1/5)
「どーするつもりだいコレ」
じめじめとした岩肌を焼いて乾かすクラウンの背後には、額に青筋を浮かべて睨み付ける鬼の姿があった。怒れる生徒会長様である。
ずぶ濡れの服から水滴を滴らせ、その道は洞穴の入り口から奥まったこの場所まで続いており、道すがら乾燥した苔達に活力を与えていた。
「折角俺が良い感じに乾かしてんだから濡らすなよ」
「好きで濡らしている訳じゃないんだがね」
「初級魔術すら使えないとは思わなかったんだよ!」
事の成り行きはこうだ。
目を覚ましたアイリス、クラウン、そして本ではなく人間の姿のシェイラは、何故か木々に覆われた森に寝転がっていた。裸ではまずいと即席の服を作ったり野生動物や魔物を狩ったりしながら長いこと暮らしているうちに、偶然にも外から来た人間と出会うことができた。そしてここがヴォレイン王国から国ひとつ跨いだ陸の端、シュテヴィン大森林であることを知ったのだ。
それからシュテヴィンの大森林に程近い街ホルダットへ身を寄せ、日金を稼ぐために冒険者家業を始め――――――そんなこんなで目覚めてから1年は経とうとしていた頃、とある魔物の討伐依頼を受け此処へやって来た。
全身を鉄で覆った獰猛な犬のような姿をしているという魔物を探して歩き回るうちに、どこからか悲鳴と雄叫びが聞こえる。行ってみればなんと僥倖、目当ての獲物が数匹の群れを作って狩人らしき男を追い詰めているではないか。
あわや大惨事となる前にクラウンの眼が輝き、一瞬のうちに鉄の魔物は半分が丸焦げになる。男からは感謝されるも、クラウンの表情は非常に暗いものだった。
丸焦げにしたせいで、狩った証が取れないのだ。
致し方なく逃げた生き残りを追いかけること数日、森の奥深くに入り込んでしまった3人を地響きが襲った。見上げれば、小高い山より遥かに大きな青い結晶の塊が出鱈目に魔法陣を展開しながら飛んでいた。なんだあれはと目を疑うクラウンとシェイラであったが、アイリスはどこかの文献でその正体を知っていた。
曰く、天候を司る存在。4体ある始祖種が一つ。
空間を震わせるとてつもないエネルギーに一行が足を止めた瞬間、"水の始祖種"は無造作に力を奮った。
結果として、滝のような雨に全身ずぶ濡れになったのだった。
「お二人とも落ち着いてくださいよ、怪我をしたわけでもないんですし」
アイリスの懐から一冊の魔導書が飛び出し、隙間から零れ落ちる呪文の淡い光に包まれるとそれは人間の形へ変わっていった。
彼等3人が『魔力投影』と呼ぶこの魔法、使おうと思えば3人が誰でも使えるようになっていたものだ。シェイラは人間の姿から黒い魔導書、アイリスは白銀の剣、クラウンは赤い宝玉――――イースタンでの最後の記憶と無関係ではあるまい、というのが共通意見だ。
「シェイラよぉ、自分で歩けよな」
「魔導書の時の方が探知しやすいんですもん」
「クラウン。君が運んでいるわけでもないんだ、別に文句をいう筋合いは無いと思うよ」
「運ぼうにもお前触らせねぇじゃねぇか!」
「ああ。何時暴走するか分からないからね」
にこにこと楽しそうなアイリスとは対照的に歯を食い縛って悔しがるクラウンだったが、ふと諦めたように壁へ視線を移す。ごつごつとした岩壁に指を下ろし、その表情に影を落とした。
「あれから、今年で10年経ってるらしいな」
あれ、とは勿論己のもたらした大事件の事だ。ホルダットの人々から流れてくる話はほとんど風化してしまっており、当時の状況を知るには直接イースタンへ赴くしかなさそうだった。だがそれでも、自らの刻んだ傷の大きさは察するに余りあるもののようで。
時々夢に見るのだ。知人が、友人が、家族が、そして名前も知らない大勢の人々の死体が、自分を殺そうと向かってくる。いっそ本当に殺してくれた方が良いとまで思った事も一度や二度ではなかった。
「そうだね」
手早く焚き火を用意したアイリスは、さっさと服を脱ぎ捨ててぱちぱちと弾ける焔の側に拡げて置いている。洞穴内がぽうっと照らされ、赤い光を真ん中にして3方向に影が延びた。そのうちの1つは随分と短かったが。
「お前は――――帰ろうとは思わないのか?」
赤い眼は酷く揺れていた。この一年、思えば生きるのに忙しく腰を落ち着けて喋ったことは希であったかもしれない。こういう話題は努力して押し込んでいた嘗ての記憶を呼び覚まし、実感の無い10年を飛び越えて鮮明に思い出される。
それもそのはず、クラウンにとって学園の記憶は1年前なのだから。
「今帰ったところで私の家族は居ないさ。それに知り合いに会ったとしても、10年前と同じ姿で現れたら驚かせてしまいそうだしね」
「………」
「私としては、学園の責務から解放されて好き勝手できる今の方が快適だとさえ思うよ」
君は?とアイリスは隣にちょこんと座るシェイラに問うた。
「僕も概ねその意見です。………ですが、ディンゴさんやエーゲさん、チーフさん達が無事だったのかは、心配です」




