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アーガスの聖典  作者: らすく
第二章 建国暦159年
20/30

19. エーゲの憂鬱(2/2)

 想えば遠くへ来たものだ。エーゲは柄にもなく詩的な感想を覚えた。

 うららかな春の日差しに眼を細め、人混みに紛れつつ歩きだす。中央通りの両脇にはたくさんの屋台が並び、このあたりの特産品で作られた軽食やアクセサリーの類が売られている。豊穣祭の間はイースタンの外からも多くの人が訪れ、いつになく活気に溢れるのだ。

 こうして仕事を忘れる時間は余計な思考をしてしまう。10年という長いようで短い時の流れの中に起こった出来事がぽつぽつと泡のように思い出され、頭の天辺でぱちんと弾ける。いつの間にか石畳を叩く靴音の群れも意識の外側に消えていた。


 イースタンの大災害から数日、いや数月の間は生きることで精一杯だった。支部とはいえ財産すべてが吹き飛んだうえ街の治安は最悪。実家に身を寄せようにも帰るための手持ちの馬など残ってもいなかった。

 漸く街が安定してきたのは王国がイースタンを直轄領にし、治安維持軍を派遣してからだろう。少しずつ必要な組織が再編され、4年もする頃には以前のイースタンと変わらない活気が戻っていたようにエーゲは思う。

 斯く言う本人も街の復興に駆り出された身であるし、交易都市としての価値を維持・発展させた功績があるのだが、本人には自覚はないようであった。


 そうこうしているうちに冒険者ギルドに併設された酒場にたどり着いた。両開きの膠塗りの扉を抜ければ、普段冒険者家業に勤しむギルドメンバーも今日ばかりは羽を休めており、なかなかに広い酒場の席はほとんどが埋まっているようだ。せわしなく動き回る給仕服の女性は新たに来た客の姿に目敏く気付き、とてとてとお盆を抱えてやって来る。


「あや??エーゲさんじゃないですかぁ!お仕事は終わったんですか?」


 彼女の名前はフィナ。珍しい精霊族(エルフ)の流れ者だ。


「今日くらいはサボってもいいかなって」

「なるほど!では空いてる席にご案内しますね!」


 陽の当たらない隅の席に通され、はいと渡されたメニュー表にはただ一言"本日のおすすめ"と記されている。いつもの事なので今更驚きはしないが。

 とはいえ如何せん仕方の無い事なのだ。この店の食材は冒険者の狩ってきた魔物を引き取って作っているが為に、提供する料理はここの料理長の判断で毎日変えざるを得ない。

 それを逆手にとって、毎日違った料理を楽しめると人気を博す穴場の酒場であったりする。


「チーフは元気?」

「ええ、それはもう日々冒険者の方や行商人さんから食材をふんだくるのにあちこちですよ」

「そりゃいい」


 本日のおすすめとエール一杯を注文すると、フィナはぺこりとお辞儀をしてカウンターの向こうへ消えていった。

 ギルドの酒場は直接ギルド本棟と繋がっているため、ここからでもクエストボードに屯する若き勇者たちの姿を眺めることができた。10代後半といったところだろうか、シンプルな直剣を携えた鎧騎士と魔導師然の少女のペア。今ではそう珍しいことではないが、エーゲは些か若すぎるだろうと感じていた。


 大災害が発端かは定かではないが、何時無くなるやもしれない財産を持つよりも広く名を轟かせ名誉を得ることで生活していこうという思想が、イースタンのみならずヴォレイン王国ひいてはこの大陸の広い地域で広まっているらしい。それによって冒険者は数を増やし、王都は今や冒険者を中心に回っているのだそう。

 それに比べると交易で財政を賄うイースタンにはあまり冒険者は集まらず、街の規模よりずっと少ない。学園の無い今では魔導師も減っている。


「……また余計なことを考えてしまったなぁ」


 さっさと酔って潰れてしまいたい気持ちを抑え、使い古された樽で作られた簡素なテーブルに頬杖をつき、料理が届くまで周りで管を巻くむさ苦しい男共の声に耳を傾けることにした。今の時間に飲んだくれているのはある程度稼いだあとの腕の立つ冒険者なようで、自分の行った偉業や受けた依頼がどうだったかだのを酒を酌み交わしながら上機嫌に語っている。


「それでよぉ、俺ァ隣国(シュテヴィン)の向こうの大森林に潜ったわけよ」

「大森林ってあの、鉄の魔物が出るって噂の?」


 語る男の友人であろう者からの問いかけに、待ってましたとエールを呷った。


「ああそうさ、その鉄の魔物ってのを討伐する依頼だった」

「んで、居たのかよ」

「居たさ、ありゃあ俺達がどうにかできるようなモンじゃあなかったぜ」


 にやりと悪い顔をする男に、友人は怪訝な表情で返す。


「俺と仲間はその魔物に襲われた。逃げようにもそいつの足は尋常じゃなく速かったんでな、森の中を走り回った程度じゃ撒くことすらできなかった」

「じゃあどうしたってんだ?」

「俺達はある人に助けられたんだよ」


 空いたジョッキを素早く回収したフィナが代わりのジョッキを手渡し、男はそれをまたぐいと飲み干した。


「一本の剣に分厚い魔導書、赤い眼をした雪みてぇな白い髪の美丈夫にな」

「それってまさか!」

「ああ、最近噂ンなってる"イースタンの亡霊"様だよ!」

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