第9話 失いたくない場所
「わーい! 姉さまの手作りケーキだぁ」
香蓮のプライベートリビングで、双子は同じ動作で、同じ表情で、幸せそうにケーキを頬張っている。
香蓮は仕事で忙しく、同席していない。
(それにしても)
子供は何をしても、可愛いものだ。
特にこの2人は両親に似て、目鼻立ちもよい。ちなみにスミレの兄、司もだ。
(私だけ、違うのよね)
不細工とは言わないが、平凡な顔立ちである。
チェンジリングにあったのだと言われたら、納得してしまうほど、他の家族と違う。
そして、この2人は可愛いだけではない。頭もよいし、機転もきく。
自宅ではスミレの事は禁句で、スミレの住所など知りえる筈もなかったのに、探り出し、ある日突然訪ねて来たのだから。初めて2人がマンションの玄関に現れた時には、仰天したものだ。
以来、彼らは時折、スミレに会いに来るようになった。
それほど慕われる事などしていないにも関わらず、だ。
(まあ、悪い気はしないけどね)
ともあれまずは、2人をここから引き離さなくてはならない。
「永江、今日は少し時間の余裕はあるの?」
「はい。午後に予定は入っておりません」
「そう。珍しいわね」
東条院家の子どもは、小さい時から習い事を多くする。遊ぶ時間などない程に多く。
「はい、スミレ様と過ごす為に、お2人はがんばりましたから」
「ならば、報いなくてはね。永江、車を出してもらえるかしら? 買い物に行きましょう」
「姉さまとお出かけ?!」
「お出かけなの?!」
ケーキを食べ終わった2人が目を輝かせている。
「そうよ。ちょうど買いたいものがあったしね。どうかしら?」
「行く!」
2人の声が重なった。
数時間後。
「2人は寝てしまって、起きないわね」
後部座席の二人の寝顔を見つめて、スミレは呟いた。
「スミレ様と出掛けられてよほど嬉しかったのでしょう。大層はしゃいでおられましたから。疲れてしまったのですね」
ハンドルを握り、真っ直ぐ前を向いたまま、永江が答える。
「まだ7歳だものね。でも、喜んでもらえて嬉しいわ」
「ご両親や、司様は、なかなかお付き合いしていただけませんから」
「そうね。皆忙しいものね」
スミレは双子以外、家族とは家を出て、以来殆ど会っていない。
たまに必要に迫られて、父にほんの少し会うだけだ。
「帰って、いらっしゃいませんか?」
永江の突然の問い。
「帰る?」
「そうです。貴女様の本当の家へ。お2人も喜びましょう」
「永江、わかっているでしょう。あそこは私の家ではないわ」
「スミレ様、それは」
「家というのは、心身ともに安らぎを得られる場所でしょう。永江、私があの家で安らぎを得られると思う?」
「詮無い事を申し上げました。申し訳ございません」
「ここでいいわ。御機嫌よう。2人が起きたら、よろしく伝えてね」
東条院ビル7の前。停車した車から、スミレは降りた。
歩き出したスミレの後ろから、永江の声が追いかけてくる。
「スミレ様」
スミレは振り返らない。いや、振り返れない。振り返ったら、泣いてしまいそうだ。
「永江はスミレ様の幸せを誰よりも願っております。その永江にどうか隠し事はしませぬ
よう。次回お話していただけると嬉しいです。では、失礼いたします」
車のドアが閉まる音とともに、軽いエンジン音が響き、そして静かになった。
「永江は何でも、お見通しなのね」
スミレはぽつりとこぼし、エントランスに入った。
スミレはエレベーターで自階に上がると、部屋を目指し歩く。
そうしながらも、スミレの頭の中は、先ほどの永江の言葉に支配されていた。
何もかもわかっているなら、なぜスミレを追いつめることを言うのか。
息の詰まる家から逃げ出した自分を、永江は責めているのだろうか。
家族の愛を勝ち取るために闘わなかった自分を。
スミレは玄関のドアを開けると、そのままドアに寄りかかった。
(勝手かもしれないけど、もうあそこには戻りたくないのよ)
私の家は、もうここなのだ。
香蓮がいて、黒川がいて、そして。
「おかえり」
「!」
瞬間、スミレの顔が勢いよく上がる。
先程ラインで知らせた為、戻ってきていたのだろう片桐が、スミレを出迎えた。
(ああ)
スミレは手を伸ばし、彼の胸元に頭を寄せる。
片桐の身体が一瞬固くなったが、すぐに力が抜け、スミレの手を軽く握った。
「何か、あった?」
スミレは無言で首を振る。
例え彼が他人だとしても、彼と過ごしたこの一ヶ月は、この数年の空虚さを埋めてくれる何よりも得難い物だった。
(この安らぎの場所を、守りたい)
そして彼も。
スミレは彼のシャツを強く掴んだ。




