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第5話 2人で食事を

「何様って感じよね」


 スミレはわかめスープの鍋をかきまぜながら、今日の放課後から今までの自分の行動を顧みて、反省していた。片桐は現在入浴中である。

 香蓮との話し合いが終わった直後、小さき黒きモノたちのほとんどが霧散した。まるで自分たちの仕事がやっと終了した、やれやれと言ったようにいなくなった。残ったのは数個のみ。まだ彼の肩に乗っている。その段階で、彼の全身をよく見たところ、全体的に薄汚れているように見えたのだ。健康を維持するには清潔にしなくてはならない。スミレは片桐に即刻風呂に入るように命じた。着替えは、香蓮の秘書の黒川が用意してくれた下着やスエットなどを手渡した。今後の日用品は明日以降、黒川が揃えてくれる事になっている。


「出てきたら、謝らないと」


 多少弁解させてもらえるなら、助けるためとはいえ、クラスメイトとは言ってもあまりよく知らない男子を連れてくるには勢いが必要だった。


「できれば、そこを考慮してもらいたいわ」


 などと、スミレが自分の行いをあれこれ考えているうちに、時間が経過したらしい。後方よりドアの開閉する音がした。ほどなく片桐がダイニングへと入って来た。


 謝罪とは時間の経過とともに、困難になっていくものである。

 その為、スミレは開口一番、頭を下げた。


「ごめんなさい。今更だけど、今日の私の態度、強引で横柄だったわ」


 風呂上りなせいだろうか。先程より顔色がよい。その彼は少し伸びすぎた前髪から覗く目を見開いた。次いでブンブンと音の出そうなくらい横に首を振る。

 それに合わせて黒き小さきものもゆれて肩からこぼれ落ちた。


「俺を、心配して、言ってくれた。謝る事はない」

「そう?」

 

 彼は今度は大きく縦に首を振った。小さき黒きモノたちは、振り回されて大忙しである。


 どうやら怒っていないらしい。スミレはほっと一息つくと、片桐を改めて中に通し、先程と同じ席に座らせた。


「お腹の調子は問題ないかしら?」


 スミレはそう言いながら、彼の前にできたものを並べる。

 煮込みハンバーグに、サラダ。わかめスープ。ご飯もたくさん炊いてある。少し早いが、夕食を取る事にする。10代の男の子だ、先ほど食べたぐらいではまだ。足りないだろう。


「ゆっくり、よく噛んで、お腹の様子をみながら、食べてちょうだい」


 スミレの問いに、またも大きく頷きながらも、目はテーブルの上の皿にくぎ付けだ。

 スミレも並び終えると、彼の向かい側に座る。


「さあ。いただきましょう」


その言葉を合図に片桐は躊躇いもせず、ホークとナイフをとり、ハンバーグを食べ始めた。


(やはり男子は肉が好きなのね)


 妙なところで感心しながら、スミレは自らも食事を始める。


 (不思議だわ)


 会話はないのに、二人でいるだけで、こうも食事は美味しく思えるのだろうか。彼が食べている姿を見ているだけで、自然頬が緩む。

 本来家庭とは、そういうものなのかもしれない。

 スミレ自身こんな感情を持つとは思わなかった。

 すこしくすぐったい。

 きっと彼女自身も幼少時には、この当たり前の状況と、暖かい雰囲気に包まれていた時期があった筈だ。残念ながら思い出せないが。


(落ち込んでる場合じゃないわ。これから自分だけじゃなくて、彼の生活もどうするか考えなくてはならないのだから。まずは、彼の健康を取り戻すこと)


 それから先。彼がどうしたいのか。家族とどうするのか。彼の望みをできるだけ叶えてあげたい。最後まで彼をサポートするつもりである。


(香蓮姉さまの力を借りながらね)


 その点が何とも締まらない。


「ごちそう様でした」


 と、小さくもはっきりした食事の終わりを告げる声が、スミレの耳に届いた。

 礼儀がちゃんとしている事に少し驚きを感じつつ、スミレは彼のランチョンマットを見た。

 完食している。食べ方も綺麗だ。


「足りた? ご飯のお代わりはいいの?」

「ああ」

「そう。じゃあ、お茶を入れるわね」


 すると、彼は何か言いたそうな視線をくれる。


「何かしら?」

「あの、さっき、上で写真撮られた。なんで?」


 香蓮の執務室から退出する際、片桐の今の状態を残すべく、黒川が写真を数枚撮ったのだそうだ。

 スミレは彼の衣服の着脱もあるからと、早々に部屋から追い出されしまったので、現場は見ていない。

 片桐はどうやらそれが気にかかっているようだ。


「ああ、あまり気にしないでいいわ。叔母の会社は警備会社なの。建前とはいえ、そこでアルバイトをする貴方の今の状態を見たかったのと、これから身体を改善するために、写真を撮っただけよ。ふふ。覚悟しておいてね。叔母の会社のトレーニングは厳しいから」


 片桐は理由がわかって、安心したように頷いた。

 本当はそれだけじゃないのは、スミレにはわかっている。

 もし彼の親が分からず屋だった場合の、手札として香蓮は使うつもりだろう。

 だが、それを彼に言う必要はない。


「それよりご家族に自分で伝えなくてよいの?勝手に香蓮姉さまに任せてしまって今更だけど。今日から突然帰らなくて、心配はされないかしら?」

「大丈夫。今までも、何日も帰らなくても、何も言われなかった」


 中学、もしかしたら、小学校の時から、彼はずっとつらい思いをしてきたのかもしれない。

 どうして? と、聞きたい気持ちは多分にある。しかし。自分とて踏み込まれたくない過去がある。根掘り葉掘り聞くべきではないだろう。彼が話したくなった時に、きけばいい。


「そう」


 とだけ、ポロリとこぼす。


「もう、あそこに行きたくない」


 帰りたくない、ではない。


 この言葉に、余計に切なくなる。


「わかったわ。大丈夫よ。香蓮姉さまがすべて整えてくれるわ。なんて、私も叔母が頼りなのよ。私たち2人、早く自分の足で立てるようにしたいものね」


 そこでスミレは一つ柏手を打った。


「さあ、これからの事を、話しましょうか」


 スミレは今度こそお茶を入れるべく席を立った。


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