第4話 叔母の判定
「さあ、行くわよ」
このビルの最上階。スミレの保護者、叔母、東条院香蓮の自室兼会社の執務室がある。
スミレと片桐はエレベーターから最上階エントランスに降り立った。
すると待ち構えていたように、すぐさま彼女の執務室に通された。
案内してくれたのは、叔母の秘書である黒川である。
いつもはプライベートリビングに通されるのに。やはり香蓮には、すでに色々筒抜けのようだ。
部屋を入って真正面、全面窓を背に大きな執務机の向こう側、叔母の香蓮が悠然と座っていた。
スミレと片桐は彼女の真正面に並んで立つ。
「やあ。私の可愛い姪っ子殿。遅かったじゃないか」
いつも思う事であるが、叔母の自信に満ち溢れた態度には気圧される。今日はそれに飲まれるわけにいかない。負けるわけにはいかないのだ。スミレは自らを鼓舞するように制服の紺のブレザーの襟を少し引っ張り、姿勢を正した。
「こんばんは。香蓮姉さま。突然の訪問すみません」
「何堅苦しい事を言っている。姪が初カレを家に連れて帰ったとあれば、何をおいても話をきかなければな」
「初カレではありません。叔母様なら、それはもうご存知の筈でしょう?」
「さてね。それと叔母様はなしだよ」」
彼女も淑女の例にもれず、叔母と呼ばれるのは好まない。
況してや香蓮はまだ20代だ。確かに叔母と呼ばれるに抵抗があるだろう。
香蓮はスミレの父の兄弟の末っ子で、父とは15歳離れている。話し方の通り、彼女はとても凛々しく頭も切れる。家で疎外感を感じ、孤立していたスミレを掬いだしてくれたのも、この香蓮だった。今では実の両親よりも身近で頼りがいのある、唯一の身内であると言っていい。
香蓮はスミレの父が経営する、東条院グループの警備部門を任されている。その為か、彼女が情報を掴むのは早い。スミレの取った行動など筒抜けなのである。
「失礼致しました。香蓮姉さまの事だから、もう片桐くんの事は、調べてあるのでしょう?」
「まあね」
香蓮が当然と言ったように、にやりと笑う。
加え、なぜスミレが彼の不調を察知できたのかについても、わかっているのだろう。
スミレの能力については、香蓮にだけは全部話しているのだから。
「では、わかっている内容は省かせてもらいます。彼を当分の間、私の客人として家に滞在してもらってよいでしょうか」
「当分とはどの程度かね」
「少なくとも、彼の健康が回復するまでですわ。できれば、彼が1人で立てる日まで」
「うむ。彼が極度に消耗しているのは、一目でわかる。だから彼に毎日食事を与えるのはよいと思う。だが、住居及び生活全般まで、君が面倒をみるというのは親切の域を大幅に逸脱しているように思う」
「食事だけではダメ。今姉さまもおっしゃったでしょう? 一目で彼の状態が分かると。それなのに、放っておく家族なのよ。心が壊れてしまうわ」
「自分と重ねてるのかい?同情も多分にあると」
スミレは唇を噛んだ。
「それだけではないわ。私は彼が助けを求めているのを、一番に気づいてしまったから」
(実際、ヘルプ信号を出していたのは、小さき黒いモノたちだけど)
自分と家族の傍でしか視なかった小さき黒きモノ。全くの赤の他人である片桐に憑いているのを視た。それを放っておく事が、スミレにはどうしてもできなった。
「もうすでに手を差し伸べたの。それを引くつもりはないの。だからお願い」
スミレは横にいた片桐に視線をやる。
その視線を追うように、香蓮の視線がまっすぐ片桐に向けられる。
警備会社を経営しているだけあり、香蓮の人を見る目は確かである。
そのため、どんなに経歴がよい人物であっても彼女の御眼鏡に適わなければ、会社には入社できない。追い返されてしまう。逆にどんなにふざけて見える人物でも、香蓮が認めれば、入社は許可される。
片桐も真っ直ぐに香蓮を見つめている。
判決はイエスかノウか。
行儀悪くもスミレはごくりと大きく喉を鳴らした。
「いいだろう。歪みはないようだからね」
「ありがとうございます!香蓮姉さま!
」
ほっとして、顔の筋肉が緩む。
「彼の親には私から話をしておこう。そうだな。将来うちの警備会社で働く前段階として、うちで預かると言っておくよ。ご両親とも否はないだろう。すんなり話がつくと思うよ」
香蓮の言葉の裏には、彼の両親の無関心さが滲み出ている。もっと深読みすれば、厄介払いができたと喜ばれる可能性もみえる。
「片桐くんもここにいると決まった以上、体調が整ったら、体術などうちで学んでみるといい。きっと役に立つと思う。スミレもかなり強いからね。変な気を起こしたら、今の君なら一発で落とされるよ」
「姉さま!」
「本当の事だろう。スミレもわかってるだろうけど、不純異性交遊は許さないよ」
「な! なんですか! そんな時代錯誤な言葉は! 当たり前です! そもそも彼と私はそのような関係ではないのですから! これはあくまでも人助けです!」
「だがねえ。長い間一緒にいると情にほだされて、一気に行く事があるからね。そうなったら、兄さんに顔むけできない」
「なっ!」
スミレは顔に熱が集中した。
(一気に行くってどこに!)
スミレはブンブン頭を振った。
「ありえませんから! 心配無用ですわ!」
「そこまで言い切ったら、彼がかわいそうだろう。見てみなさい。ほら、しょんぼりしているよ」
香蓮の声に再び彼を見る。無表情ながらも、どこか元気のないように見えなくもない。
先程、ご飯を食べた事によって、彼の顔付近には黒き小さきものたちがいないため、表情がよく見える。
「違うのよ!あなたに魅力がないとかではなく、わかるでしょう?」
(私はなんでこんなに必死になっているのかしら?)
「あはは!」
「もう! 姉さま! からかわないでください!」
「悪かったよ。ただそういった邪推をする人物もいるからね。周りにはばれないように立ち回りなさい」
スミレはその言葉に襟を正す。
「はい。姉さまには迷惑をかけないように致します」
「ああ。頼むよ」
「では、お忙しいところ時間をお取りしました。失礼いたしますわ」
「ああ。またご飯をご馳走してくれ」
「はい」
スミレはほっとしてそこで引き上げようとした時、一言も発しなかった片桐が一歩前に出て頭を下げた。
「ここにいる事を許してくれて、ありがとうございます。お世話になります。信用を裏切る事は、絶対にしません」
頭を上げた彼の瞳は、真摯だった。
香蓮は一瞬虚をつかれたようだったが、すぐに満足そうに頷いた。
「ああ。頼むよ」




