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第48話 最後まで

「さて、アゲハだが、なるべくその存在は隠した方がいいね。でないと誘拐されてしまうよ」


 ミルナーレの館、応接間。先ほどと同じく座り、ヴァンの隣ではシリンが食事中である。


「元々そのつもりですが、アゲハは通常視えないのですからあまり心配しなくてもよいのではないですか」


 先程姿を消してもらっていたのは、貴船の人間が能力者だったからだ。

 通常出れば、視えない筈だ。視えない者を捕らえるのは、難しいだろう。


「いや、アゲハはもう誰の目にも見えるよ。忘れたのかい?チムはアゲハが視えていただろう?普通の人間の子供のように見える筈だ。成長した事で、存在感が増してしまっているからね。だから、さっきは姿を消してもらったのさ」

「そうだったのですね」


 横にいるアゲハを見ると、にこっと笑っている。


「加え能力者には、精霊であるとすぐにわかってしまうだろう。君が思っている以上に視える人間は多いし、そういう人間に限って自分の欲望に忠実なのが多い。気を付けるに越したことはない。それにアゲハはまだ生まれたばかりで、人を疑う事を知らない。君が気を付けてあげないといけない」

「わかりました」


 確かに。こんなに可愛いアゲハだ。これまでの言動を見ると、アゲハならホイホイついて行ってしまいそうだ。気を付けてやらねばならないだろう。


「そうだな、貴船の本家には今後の事もあるし、教えておいてもいいか。この後の貴船との話し合いで、上手く話をするといい。後は、スミレがど信頼してる人間だけにしておきなさい」

「はい」

「次にオムに用意させたが、ミルナーレの花を少し持っていきなさい。そして君の家に植え替えして増やすんだ」


 ミルナーレ。この館の名の由来にもなっている、白い可憐な花だ。


「なぜですか?」

「第一の理由はアゲハだ。アゲハはミルナーレが咲く大地で生まれた。あちらの世界はこちらの者にとってはあまりいい環境じゃないからね。弱ったらミルナーレが植えられた場所で過ごすようにすれば、ある程度は回復する」


 それはありがたい。アゲハが具合が悪くなった時の対処方法が1つでもあれば、慌てないで済む。

 精霊について全くわからないスミレにとっては嬉しい情報である。

 

「第二に、君のためでもある」

「私、ですか?」

「そうだ。君もこちらに来て、大分肉体的に変化があった。もし向こうで不調になった時、ミルナーレの花は、肉体的精神的にも改善もしくは軽減してくれる筈だ。君はアゲハの守護がある。アゲハを通じでミルナーレの花の力を受け取れる筈だ」

「そうなのですか」


 身体の変化。髪や瞳の色以外、あまり自覚がない。

 確かに先ほどあちらに帰った時に、一瞬気分が悪くなったが、すぐに回復した。


「まあ、自分に関しては今はそうなのだと、覚えておくだけで構わないだろう。そうだな。君の家と後はこの扉がある貴船の島にも植えるといい。何、貴煌石の助けになると言っておけばよいよ。実際そういった作用もあるからね。ああ、君の活動の本拠地の学園の組織の庭にも植えたほうがいいかな。まずはこの三か所でよいだろう。うまく根付くとよいが」


 あちらは気が悪すぎるからな、などと最後は独り言のように声が小さくなった。

 この男、外交官というだけあって、学園や“辺境の地”のことも把握しているらしい。

 この一月の間に、スミレについて調べ上げているのかもしれない。

 当然と言えば当然か。スミレとのやり取りだけで、自分を信頼するほど甘い男ではない。


「後はそうだな。これを貸してあげる」


 そうして渡されたのは数冊の分厚い本だ。


「もう気づいてると思うが、こちら側と君たちの側とは言語が異なっている。ここにいる者は、チムも含め、皆日本語が話せるけど、今後の事もあるからこちら側の言語を勉強しておいてほしい」


 そうなのだ。

 オムやチムまでもがあまりにスムーズに日本語を話していたから、最初は気づかなかった。

 ヴァンと最初に話し合って、気持ちが落ち着いてきたところで、気づいた。そして今日、アゲハが成長して発した最初の言葉。全くわからなかった。アゲハはすぐ気づいたようで、すぐに日本語で話し始めたが。

 この館にいる者は、スミレを除いて、バイリンガルなのだ。

 ちなみにアゲハはそれ以上だ。精霊はすべての言語に通じているらしい。何とも羨ましい限りである。


 スミレとしてはもう二度とこちら側の世界と関わりたくないが、そういう訳にもいかないのはわかっている。好き嫌いにかかわらず、貴船と今後付き合って行くのであれば、こちら側を無視できない。

 この男にいいように使われない為にも、独自に情報収集しなければならない。

 ここは勉強せねばなるまい。


「ありがとうございます。お借りします」

「おや、素直だね。結構結構。さて、話は終わりだ。ではオム、ミルナーレの花の用意はいいかな?」


 部屋の隅に控えていたオムに声をかけ、ヴァンが立ち上がる。


「はい。もう運んであります」

「手入れの方法も紙に書いてくれたか」

「はい」


 オムはそう返事をしつつ、スミレにそのメモを渡した。


「ありがとうございます。そしてお世話になりました」

「何。こちらは楽しかったよ。またおいで」


 オムの後ろにいるチムも声をかけた。


「チムもありがとうね」

「もう会えないの? また来てくれる?」


 二度とこちらに来る気はない。はっきり宣言したい。けれど、寂しそうな幼子の瞳には勝てない。


「どうかな? そうだ。お手紙書くよ。そして何とかこちらに送るよ」

「ああ、それなら、鍵の塔の連絡棚を使っていいよ」


 ヴァンが気前よく告げる。


「連絡棚?」

「ほら、石を入れてある棚だよ。前の塔にはなかったんだ。けど、今後スミレとやり取りするのに必要になるだろうから、つけたんだよ。あれを使うといい。チムもオムに頼めば、スミレに手紙が届けられるよ」

「ありがとう! スミレ、手紙書くね! やったあ!」

「よかったの、チム」

「うん! じいちゃん、僕、日本語もっと勉強するよ!」


 うんうんと笑顔で頷くヴァンが憎らしい。


「ありがとうございます。貴船と今後連絡手段があった方が、扉も守りやすいですよね。私もその恩恵としてチムへの手紙を渡すのに、連絡棚を使わせていただきます」

「ああ、構わないよ」


 スミレの訂正の言葉にもヴァンは一つも動じない。


「さて、シリンも食後の休憩も終わったようだし、そろそろ行こうか」


 颯爽と立ち上がったヴァンの背中に、スミレははしたなくも舌をつき出した。

ヴァンとの話し合い、やはりヴァンのが一枚上手です。

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