第46話 帰還
「さあ。用意はいいですか?」
「はい」
スミレの了承を得たシリンは、シリンは神楽鈴を振り、舞い始めた。
スミレはここに来た時の恰好、制服を着て扉が開くのを待つ。
長い髪は後ろに一つで高く、括っている。
傍らにはアゲハ。
扉が開くのを待ちながら、気持ちは嬉しさよりも苦々しさが勝っていた。
先程のヴァンとの話し合い。
スミレはまた彼に上手く載せられてしまったのではないか。
ヴァンは元々最初から貴船に扉の守護を任せるつもりだったのではないか。
でなれば、あのヴァンがあんなにあっさり承諾するとは思えない。
スミレに扉の守護をと話を振ったのは、焦らせ、自分の思う通り事を運ぶ為だったのではないか。
時間を少し置いた今なら、そう考えられる。
しかし儀式の直後であり、あの場では役目を押し付けられたくないとの思いでいっぱいでそこまで考えられなかった。扉が完成して、帰れるという思いで興奮していたのもいけなかった。おそらく、それさえ計算してあの男は話を進めたのだろう。
あの時、急に重大な責任を押し付けられそうになり、つい協力すると約束してしまった。
それが、今置かれている貴船との代理交渉である。
ヴァンは貴船には直接会いたくないらしく、スミレに代弁者の任を頼んできたのだ。
理由はわからない。
尋ねたが、教えてはもらえなかった。
どうしても聞きたいなら、教えるとにやりと笑われた時に、咄嗟にいらないと答えてしまったのが、また悔しかった。
きっとそれさえも計算にいれていたはずだ。
全く食えない男である。
(はあ。おかげでまた一度こちらに戻って来なくてはならなくなったわ)
日本に帰ったら、もう二度とこちらに関わり合いになどなりたくなかったのに。
まあ今回はすぐに帰れるようだから我慢するしかない。
(また少し会えるのが遅くなっちゃうかな)
でも、少しだ、後少し。そう自分に言い聞かせる。
「さあ、扉をあけて」
いつの間にか、シリンの舞は終わっていた。
そして塔が姿を消し、扉にノブがついていた。
スミレはぎこちなく扉に歩み寄ると、ノブに手をかけ、力を入れた。
(さあ、帰るわよ)
扉は呆気ないほど、簡単に開いた。
その先には。一月前と変わらぬ風景があった。
青地にミルナーレの花を施してある壁。今まさに立っている場所と同じ。一月前との違いは鍵の塔がない事か。それもほんの一瞬前までは、ここにあった筈だ。今ないのは、扉が開いているからだ。
ただ、部屋にいる人物は異なっていた。四人の人間。一月前は自分とあと一人だった。
(まさにヴァンの言う通り)
スミレは気合を入れて、一歩踏み出す。
「東条院さん!?」
懐かしい声。スミレが答えようと口を開いたが、直後くらりと視界が揺れる。
「東条院さん! 大丈夫!?」
よろけたスミレを心配して、楓が駆け寄ろうとするのを手で制す。
これまたヴァンの予測通りだ。スミレは目を閉じ、眩暈が治まるのを待つ。
(郊外から都会の真っ只中に来た感じだわ)
空気の悪さに一瞬息が止まった。意識して深呼吸を数回。
それから再び目を開ける。
(よし。大丈夫)
ヴァンからもらったペンダントを一瞬握りしめて、スミレは前に進んだ。その際、扉は少し開けておく。姿を消したアゲハが通るため、そして通信を通してヴァンの声を伝えるためだ。
「東条院さんよね? なんだか顔つきが‥‥‥、それに瞳の色が」
「楓さん、お久しぶりです。お話は後で。まずは私はメッセンジャーの役割を果たさなければならないの」
「‥‥わかったわ」
一月ぶりに会った楓は、心配そうな色を目に一杯浮かべていたが、スミレの言葉にまずは飲み込んでくれた。
あんな別れ方をしたのだ。スミレの安否をかなり気にかけていたに違いない。誠に申し訳ない。
だが、その話は後だ。
楓に一瞬微笑んだのち、顔を引き締め、部屋にいる残りの三人を眺める。
およそ30代後半か40代前半の男女と、10代の少年。
貴船の当主夫妻、あとは楓の兄だろう。
ヴァンの先の合図でちゃんと部屋にいる。
「ヴァン、皆さん、いらっしゃるわ」
すると、スミレの持つ丸い小型通信機からヴァンの声が響いた。これはどうやら日本製らしい。
あちら側でも少しは電化製品を使うようである。
「私はこの扉を守護する責任者、ヴァンという。今日は呼び出して申し訳ない。また本来なら、私が出向いて話すべきところ、あいにく鍵の塔を作るために力を使い、体調を崩してしまった為に、偶然巻き込まれてしまった少女、スミレと介しての話し合いになったことを遺憾に思う」
ヴァンは挨拶もなしにいきなり切り出した。
そして事実と全く違うことを嘯いている。よく平然と言えるものだ。ぴんぴんしているのに。
そもそも鍵の塔を作ったのはスミレであり、完成させたのはシリンである。
それとも、実は儀式の時に密かにかなりダメージを受けていて、こちらに短時間でも来るのが辛いのだろうか。いや、力を使ったのはシリンだ。スミレより体力がありそうなヴァンがそんなにダメージを受けているとは考え難い。
(あ、あちら側の人間もこちら側で過ごすのは難しい、とか?)
聞いていなかったが、有り得る。
元々住んでいたスミレさえ、一瞬気分が悪くなったのだ。
なくはない。そんな事をスミレが考えている間に、話は進んでいく。
「さて、先だってこちらに侵入者があり、鍵の塔の不具合があって、やむなく、扉自体を封鎖することになった。しかし、この地に我々は扉が必要で、また扉を開封する事にしたわけだがー」
(不具合。侵入者に鍵を壊されたとは言わないわけね)
スミレもアゲハの事で、ヴァンにいつ世話になるかもしれないので、余計なことは言わない。
「貴船はまた扉の守護者をやる意思はあるだろうか。古き制約により、扉を守護する代わりに能力を引き出す手助けをする。我々はそれを守ってきた。しかし今回の貴船はどうだっただろうか。もう制約を忘れてしまったのだろうか」
ネチネチといやな感じだ。
「今回の件、誠に申し訳ない。我々の油断で多大なご迷惑をおかけした。以後、この部屋に侵入者を許さないとここに誓う。どうか今一度我々にチャンスをいただけないだろうか」
背筋がピンと張った背の高い男性。意思の強そうな目。
貴船の当主。
一族を背負ってきた当主だ。意地もプライドも高い筈だ。その人物がこれだけ頭を下げるとは。
ヴァンの予想通り、以前の鍵の塔の喪失とともに、貴船一族は力を使えなくなってしまっているのかもしれない。
しばらく沈黙が続く。
答えが決まっているのに、わざと間を作るとは、底意地悪い。
「わかりました。我々としても、長い事友好関係を結んできた貴船を今一度信頼して任せたいと思います。ただ、次はありませんよ」
ヴァンはあくまでも優位に事を進めている。
「ありがとうございます」
「ああ、それとスミレには新たな鍵の塔を作る際に、甚大なる力を貸してもらいました。今後はできるだけ彼女の力になってもらいたい」
「なっ!」
スミレの悲鳴を遮るように、ヴァンは続ける。
「あ、後もう一つ、確認ですが、今貴船は力を失っている状態ですね?」
「すべてお見通しですね。そうです。守り石を持つ一族の者は皆、力を使えなくなりました。これは我々が扉を守るのに失敗したからでしょうか」
「ええ。そうです」
うそつきだ。本当は鍵が壊れたからだし、もっと力の使い方を勉強すれば、石がなくても力を使いこなせるかもしれないのに。
そう言いたいが、これはヴァンに固く口止めされていた。
「やはりですか。制約が破られたからですね。大丈夫です。今また貴船と制約を結び、守護する能力を引き出します。取り急ぎ、四人の血をください。直系の血が必要なんです。たっぷりとね」
(おまわりさーん、ここにうそつきがいます。取り締まってくださーい!)
そう叫ぶ、スミレの心の声は、誰にも届かなかった。
ヴァンの腹黒いところが、好きです。




