第43話 儀式(20年2月6日修正)
少し長め。新しいキャラ登場。
それからアゲハはスミレとずっと共に過ごした。
昼はスミレが鍵の塔を作る傍で、アゲハ飽きもせず、スミレを見ていた。
ただそれだけで、なぜかスミレの疲れが半減するようで、作業がはかどったのが不思議であった。
その事をアゲハに告げると、とても嬉しそうな雰囲気を出した。もしかしたら、笑顔を見せてくれているのかもしれなかったが、スミレにはわからなかった。
夜は二人でミルナーレの花を見ながら、月光欲をして過ごした。
そうして一緒に過ごしているうちにだんだんとスミレに慣れたのか、彼のポジションはスミレの肩になった。彼を覆っているトゲの先も丸くなり、スミレを傷つける事はなかった。不安な気持ちがなくなった成果もしれない。
そのアゲハのお陰か、新しい鍵の塔はもうすぐ完成する。
そうすれば、スミレは元の世界に帰る。
その時にアゲハを連れて行けるかが心配だった。
(アゲハは人ではないけれど)
スミレの世界の人間が一部の例外を除いて、こちらで生きられないように、その逆もありえるのではないか。そうであるならば、連れて行く事はできない。
その時、アゲハをどのくらいがっかりさせてしまうのか。
うぬぼれでなく、彼にとってスミレはたった一人の話ができる友達なのだ。その友達がいなくなる。
スミレだったら、どれほど気落ちするだろう。それを考えるとスミレの気が重かった。
(自分はここに残れない。ならば、何とかアゲハを連れて行ける方法を見つけないと)
自分が残れないから連れて行く、との考えは傲慢かもしれない。
勿論、アゲハの意見は尊重する。それでも彼を連れて帰りたい気持ちは大きい。
どちらにしても、方法を見つけておかなければならないだろう。
今スミレの知る中で一番詳しそうな人物に聞いてみるしかない。
新しい鍵の塔が完成したら、訪れるだろうあのいけ好かない外交官に。
「できた」
スミレは一歩下がって塔を見つめる。
約一月弱。
なんとかスミレは新しい鍵の塔を完成させた。
高さは約1メートル強。
形は砂時計に似せて作った。
すこし違うのは、上の器の部分が下の半分の大きさにしてある事だ。
崩れにくいようにとの配慮からだ。
しかしそれも無用だったかもしれない。貴煌石は己のあり場所を知っているようにスミレが配置すると隣の石と接合し、まるで最初から一つであったようにつなぎ目がなくなる。
そのため、今目の前にある塔には石と石とのつなぎ目が一切ない。
そして今日、オムが完成を見込んで知らせたため、ヴァンが来る。
会いたくはないが、会わねば帰れない。
何とも切ない現実である。
忌々しい気持ちで、塔を睨んでいると、ヴァンがゆったりと現れた。
今日はスミレと同じ白袴姿だ。長い黒髪も高く一つで結い上げ、額あてをしている。
「やあ。思っていたより早く仕上がったみたいだね。もう少しゆっくりでもよかったのに」
「お気遣いありがとうございます。仕事は速やかに行うのが私の主義です」
「結構だね。ああ、紹介しようシリンだ」
ヴァンは自分の後ろにいた赤い髪の長い女性を左手で示す。この女性の衣装も袴のようだが、裾が広く、袖も長い。額も幅の広い白い布で覆われている。バンダナのように見える。
「初めまして。向こう側の貴きお方、シリンと申します」
「初めまして。スミレと申します。あの、貴きとは、いったい?」
スミレはただの高校生である。
「こちらに界渡りされ、鍵を作れるほどの力を持つお方です。貴きお方でございます」
「あ、あの」
「ああ、シリンは少し大げさに物を言うきらいがある。気にしないでよいよ」
「はあ」
シリンの言葉を流してよいのだろうか。
「ほら、話を進めよう。スミレくんは早く帰りたいんだろう?」
「は、はい」
そう言われれば、頭を切り替えるしかない。
「これから、シリンが扉を開放する」
「開放?」
「そう。今は扉は視えないが、確かにそこに存在している。鍵がなくなってしまったので、封鎖しただけだからね。ただまた使えるようにするのが大変でね。まあ、一から作るよりははるかに楽ではあるがね。さてと、シリン」
そうヴァンが促すとすっとシリンは一歩前に出た。
「鍵をよく見せていただいても?」
スミレに確認の必要はない筈である。なのに、シリンは真っ直ぐスミレに問いかけて来た。
もちろん、スミレに否やはない。
「はい。どうぞご覧ください」
シリンは鍵の塔に近寄ると、表面を撫でた。しばし、目を閉じる。
「ああ。よい出来ですね。貴方の波動が感じられる。平和を願う暖かい心」
スミレは頬に急激な熱を感じた。ストレートに言われれると気恥ずかしい。
「あ、そうですか。両世界とも平和であって欲しいですわ」
答えが若干変になってしまったのは見逃してほしい。
「本来ならしなくていい苦労をしているのに、そこまで願えるとは、大層なお人よしだね」
余計なお世話である。
「とはいえ、我々にはありがたいことだがね」
ならば黙っていればよいのに。本当に癇に障る男である。
「それで君の足元にいる子は、紹介してくれないのかい?」
「視えるですか?」
スミレは驚いて尋ねた。
「それはね。私はこれでも数持ちだからね」
数持ち。額に浮かぶ花びらの事か。
それならば話は早い。
「この子はアゲハ。この子の事で相談したい事があるのです」
スミレはこれまでの経緯を説明し、助言を求めた。
アゲハがあちらの世界で過ごせるかどうか。
「なるほど。だが、それは行ってみないとわからないな。もし弱ってきたら、こちらに返せばいい」
≪スミレと離れるのは嫌だ!≫
アゲハが抗議の声を上げる。
「おやおや。随分とスミレくんを気に入ったみたいだね。でもあちらと合わなければ、君は消えてしまうよ。あちらはこちらほど大気が清浄でないし、濃密でもないからね」
≪でも嫌だ!≫
「ならば強くなることだね。過酷な環境でも過ごせるように」
≪どうすればいい?≫
「自分で考えなさい。常に考えること。そうすれば答えは見つかるかもしれないよ」
「あまりけしかけないでください。まだ生まれたばかりみたいなんですよ。無理ならこちらで過ごせばよいのです」
「彼の希望は君と一緒にいる事だよ。彼の希望に沿う為には、彼自身が変わる必要がある。それとも君がこちらに残るかい?」
「それは」
スミレは言いよどんだ。
それはできない。スミレには待っている人がいる。
片桐の姿が頭に浮かぶ。
それが伝わったのか、アゲハが足にしがみつく。
「まあ、結論はすぐに出す必要はない。あちらに行って様子見だね。さて、本題だ。シリン、用意はいいかい?」
「はい。では、今から扉を開放する儀式を執り行います。儀式の間は、この部屋から出ることはできません。耐えられない者は今すぐに退出してください」
体力的に、という事だろうか。深遠館で鍛えられたから、体力は以前よりもついてきている。
それに自分が元の世界に帰れるか否かがかかっているのだ。ぜひ参加したい。
控えていたオムはすぐに一礼したのち、チムを連れて下がっていった。
一呼吸のち、シリンは意思を確かめるようにスミレを見つめた。
「では始めます。ヴァン様達は少しおさがりを」
彼女は持ってきた鞄から、楽器を取り出した。神楽鈴に似ている楽器だ。
絹を思わせる光沢のある長い裾を払いつつ、彼女は塔の前に立った。
ゆっくり右手が上がる。
手首を振る。軽やかな音。
また一つ。白い袂が開く。
一歩。踏み出す。
また一つ。音が一つ。
増える。増えるごと。
場が高まる。波紋が、広がる。
ゆっくり。のびやかに。併せて、歌が紡がれる。
意味は分からない。
ただ。深淵に。
清浄な気に。
引き込まれる。
場が、光を放つ。
(これはしっかりしないと、引き込まれる!)
どこに、かはわからない。だからこそ怖い。
個を保つ。
それがどれだけ難しいか。
また一つ。軽やかな。なれど、重い。
また一つ。場に力が宿る。
彼女の動きに合わせて。ゆっくり。確実に。
一つ。一つ。一つ。
どのくらい経つのか。
半時か。
数時か。
その時。
場が、動く。
壁の蔓が解かれる。
一蔓。二蔓。三蔓。
緩やかに。
広がる。
優雅に。
雄大に。
そしてー。
現れる。
扉が。
そこから更に。
音が。
二つ三つ。
蔓が塔に伸びる。
伸びる。
伸びて。
覆う。
隈なく。
シリンの声。
更に、高く深く。
併せて高まる。場。
息ができないほどの。エネルギーの渦。
袖が。裾が。まるで意思を持つかのように。広がる。
回る。女が。
回る。回って、音が一つ二つ。
塔を覆っていた蔓が解かれる。解かれて。広がる。
蔓も舞う。空間に一杯。
音が。回る。解く。開く。
一つ一つ一つ一つ一つ一つ一つ一つ一つ一つ。
ダン!
足音一つ。
瞬間。
閃光。
白い。白く。何もかもが。
そしてー。
「終わった?」
静まり返った場に、思わず声が漏れてしまった。
慌てて口を押えて、周りを見る。
あの清浄がうそのように元の部屋の気に戻っていた。
「終わったのね」
スミレは緊張から解放されてへたり込んだ。
扉に絡んでいた蔓は消えていた。というより、塔にもない。前の鍵の塔と同じ。
「あっ!」
そして気づく。塔の大きさ。元は一メートル強。今はなんと十倍は大きくなっている。
それとともに塔の色が青く染まっていた。
壁にも蔓が這っている。来た時と同じ。
そして。朝にはなかった扉があった。まるでずっとそこにあったかのように自然に。こちらも青。
ただし、ノブがない。
しかし鍵はできた。ヴァンは約束した。
(帰れる)
あの扉をくぐって帰れるのだ。
扉を見て、こみ上げてきた。
それを逃すように、スミレは肩で大きく息をついた。
しかし。見てるだけでこんなに消耗するとは思わなかった。
舞ったシリンはどうだろうと目を向けると、少し汗をかいた程度で、ヴァンと話をしている。
(これが経験の差というものかしら)
鍛錬の違いだろうか。それとも弱みを見せないための強がりか。後者であってほしい。それならば、自分もできそうだからだ。というより今現在も進行して行っている。
ヴァンは。全く変わらない。平然としている。小憎らしい程である。
スミレの恨めし気な視線に気づいたのか、ヴァンが笑いかけて来た。
「やあ。息は整ったかな? シリンの儀式に最後まで気絶せずに見れたのは大したものだよ。この儀式はいる者の気も糧にするからね」
「なっ」
んで先に言ってくれないのか。
そのような重要な事は、先に言って欲しかった。
バテるのは変わらないかもしれないが、心の準備ができた筈である。
不平を言えば、聞かなかっただろうと返されるのは目に見えている。
常に先を考えることが必要なのだと強制的に教えられているようだ。
憮然としたのがつい表情に出てしまったのか、ヴァンは面白そうに笑った。
「その代わり副次的な産物として、こちらにもよい影響が出ている筈だ。それはすぐわかる場合とわからない場合がある。彼の場合はすぐにそして大いなる恵みを得たみたいだね。ごらん」
ヴァンが指差す方向を見ると、黒いものがうずくまり、小刻みに震えている。
「アゲハ!?」
シリンの舞の部分。もっとうまく表現できたら(涙)




