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第40話 帰り道は

今回はかなり長めです。

 翌日。

 眩暈もなく、身体を動かせるようになったスミレは、綺麗に洗濯された制服に着替え、朝食を済ませた。

 それからオムに連れられ、着いたところは、10畳ほどの板の間。

 中央に二枚の丸い座布団があり、そのうちの1つに長い黒髪を一つに縛った男が座っていた。


「来たね」


 オムに促され、スミレは男の真正面に座る。

 オムは2人の前にお茶を出すと、すぐに部屋を出て行ってしまった。

 今スミレは、見知らぬ男と部屋に2人きりだ。

 上辺だけは平静を装っているが、内心では何ともいえない居心地の悪さを味わっていた。

 おそらく、この目の前にいる人物が、オムの言っていたこちらの世界の上層部の人間なのだろう。男から自らに対する自信と人を従わせる貫禄が感じられる。

 ここ数ヶ月でこの種類の人間に会う機会が多すぎる。

 それも今まで出会った中で、ダントツに威圧感が半端ない。

 全く、スミレの平穏な生活は遙か彼方に旅行に出かけてしまったらしい。


「さて、まずは自己紹介から始めようか。私はヴァンという。この世界と君たちの世界との調整役をしている。いわば外交官だな」


 ヴァン。姓か名か。オムたちのケースで考えるとおそらく名か。こちらには、名字はないのか。それとも、わざとスミレに告げないのか。ならば。


「スミレと申します。困っていたところを、レンドルフ様に助けていただき、こちらに来る事になってしまいました。その後オムさんとチムちゃんにお世話になって。とても感謝しています」


 スミレは背筋を伸ばし、頭を下げた。


「聞いているよ。レンドルフがいないのは申し訳ないが、彼は今急ぎの仕事があり、この場に立ち会えない」

「いえ」


 仕事であれば仕方がない。それにもし居たら、首を締めあげかねないので、いない方がむしろ良かった。


「もし会う機会があれば、助けていただいて、とても、感謝しているとお伝えください」


 あの時、スミレの世界へと続く扉を閉鎖するのを、一瞬待ってもらえば、スミレは今ここにはいなかった。塔につぶされペチャンコになるところを助けてもらったのは感謝しているが、帰る道を閉ざした彼が恨めしい。

 その気持ちが表情に出たのか、ヴァンが困ったように言葉を継いだ。


「レンドルフの名誉のために、弁解させてもらうと、あの場で異界の扉を使う事は出来なかった。異界の扉を開くのは、君が思っているより大変な事なんだ。レンドルフの判断は正しかった」


 そうだとしても、目の前で帰る道を断たれたのは、かなりショックだった。全身の筋肉から力が抜けるほどの衝撃だった。


「君たちの世界の扉側に、得体のしれない侵入者がいただろう。そんな状態で扉を使えなかった」

「でも、そのせいで私は帰れなくなりました」


 スミレは正座した膝に乗せた両手に力を入れた。

 そうしなければ、涙が溢れそうだ。


「大丈夫だよ。そんな悲観しなくても。君は帰れる。私が保証しよう」

「!」


その言葉を耳にした瞬間、スミレは勢いよく顔を上げた。


「帰れる? 本当に?」

「ああ」


 帰れる。帰れる!

 彼の言葉が脳に浸透すると、大きく息をついた。

 まさに彼はスミレの一番聞きたかった事を答えてくれた。

 よくある異世界トリップの小説のように帰れない事が、スミレにとって一番の心配事だったのである。


「これで落ち着いて、私の話を聞いてもらえるかな?」


 彼は一流の外交官のようだ。相手の懐にずばっと入ってくるすべに知っている。

 この答えを聞けば、スミレの心がほどける事を知っている。

 悔しいが今まさにその状態だ。今彼に頼みごとをされたら、何でもきいてしまう気がする。

 気を引き締めないといけない。


「はい。ありがとうございます。安心致しました」


 それどこか、やった! と叫びたいほどだ。


「では続けるよ。この世界には、君たちの世界へ続く異界の扉はいくつかある。しかしその場所はこの世界の人間でもごく限られた人間しか知らない。そんな最高機密を、この国、この世界の人間でさえない、君に教える訳に行かない。わかるよね」


 スミレは神妙に頷く。


「だが君は、貴船の軽率な行動により、その一つである扉をもうすでに知ってしまった。そのせいで、今君がここにいる訳だが、それならば、この扉を使って帰るしかない」

「でも、扉は無くなってしまいました」

「正確にいえば、扉は隠されただけなんだよ。鍵がなくなってしまったからね。だから、鍵さえあれば、扉の封鎖を解くことができる。そこで君だ」

「私?」

「そう。君の協力が必要なんだ」

「どういうことでしょうか」

「鍵はね、二つの世界の人間が協力して作らないと作れないんだ」

「と、いうと?」

「鍵を君が作り、最後に仕上げを僕たちがする。2つの世界が協力しあって、初めて強固な鍵が出来上がる。今回破られてしまったが、今度作る鍵はもっと工夫するつもりだ」


 ヴァンは愚痴るように続ける。


「正直、ここの扉の鍵を壊す人間が現れるとは思わなかったよ。余程、両世界を繋ぐ道を開きたかったんだね。かなり長い間、ここのは開けていないのに。もしかしたら、扉自体劣化して、開かない可能性だってあったかもしれないのに」


 ちょっと、聞き捨てならない。自分が帰るルートだ。大丈夫なのか。


「ああ。大丈夫。冗談だよ。ちゃんとすれば、開くから」


 ニッコリ笑ったヴァンの顔が胡散臭く感じるのは、疑り深すぎるからか。

 それにしても、そもそもの疑問だ。

 開くつもりがないなら、なぜ扉を作る必要があるのか。


「あの扉は開かれたのを見た事がないと、貴船の直系の少女も言っていました」

「そうだよ。さっきも言った通り、ここのところ開いた事はないかな」


 もし最初から扉などなければ、スミレはこちらに来るトラブルにも見舞われなかったのではないか。トラブルを避けるため、スミレが帰った後、閉鎖した方が双方の世界のためなのではないか。


「開かなくても、こちらの世界で、問題がないのなら、扉自体不要なのではないでしょうか?最初からなければ、いらぬトラブルも発生しないかと思います」

「そうだね。もっともな疑問だ。すこしこの世界の話をしようか。この世界は主に3つの島からなっている。そのうちの一つ、今いる私たちの国の名はイーラムア。習慣、風習など君の住む国、日本と似ている部分も多くあるよ。私たちは日本と交流が深かったからね。ただし私たちの国は、あまり科学は発達していない。今の日本よりひと昔も二昔も前の生活水準といっていいだろう。電化製品はほとんどない。我々は自然と寄り添い生きているからね」


 確かにスミレが休ませてもらった部屋にはテレビも電灯もなかった。


「3つの島はそれぞれ自治権を持っていて、それぞれ長が治めている。そして島ひとつひとつに、異世界への扉がある。さて、それはなぜか」


 ヴァンはそこでお茶を手に取り、口に含んだ。


「遙か昔はね、扉などなく、君の国と私たちの国はあちらこちらで繋がっていたんだ。行き来できるルートがいくつもあった。それも普通の人間が行って帰って来れるほど、私たちの国と君たちの国は、同じ世界で隣同士の国のように近かった。けれど、ある事をきっかけに私たちの祖先が、あちらとの道を閉鎖したんだ」

「そんなこと、できるんですか」


 異世界が行き来できるルート事態も現実離れしているが、それを塞げる人間がいるなんてもっと想像できない。


「ああ。オムに少し聞いただろう。こちら側には、普通の人間が持ちえない力を持った人間が結構いるんだ。その為、認知度も高い。奇異の目をむけられることなく、普通に受け入れられる。まあ、それだけが理由ではないけどね、今回の話では関係ないから、置いておく。その能力者の中でも、異界との空間を閉鎖する力を持った人間が、幸いにしていたんだ。君も知ってるレンドルフの祖先だよ」


 どんどん自分の日常と常識と離れていっている気がする。


「彼は空間閉鎖の能力に特化していた。彼は国の為、異界へと続くルートを一つ一つ封鎖していった。根気よく、妨害にもめげずにね」

「かなりの年月を必要としたんじゃないですか」

「そうだね。すべてを終える頃には彼も年老いていたよ。それでも、国のため、民のため、彼はやり遂げ、世界を切り離した。しばらくは平和だったよ。だけど弊害が出て来たんだ」

「弊害?」

「ああ。無視できないほどの弊害。転変地異や流行病。二つの世界に行き来していた大気の交流がなくなったことで、双方の世界に歪みが生じた。自然のバランスが崩れたんだ。何とか対応できないか、色々な試みがされた。どれもダメだった。自然には勝てないという事だね」


 ヴァンは湯呑をとり、ゆっくりと回す。


「このままでは国が世界が滅びてしまう。だが、君たちの世界の住人との接触は避けたい。大気は循環させたい。そのために苦肉の策として扉が作られたのさ。各国に3つ扉を作った。小さいがいつでも開いている扉。調整のための扉。後一つは予備の扉だね」

「じゃあ、貴船の扉は予備の扉?」


 全く開く必要がないのであれば、そうだろう。


「そうだ。何か不測の事態があった時に使う扉だ」

「だから開いた事がなかったんですね」

「そう。平和であれば、ずっと閉じたままあり続ける扉だった。予備とは言ってもとても重要な扉だった。だからこそ、貴船にあちら側の守護を頼んでいたんだ」

「という事は、貴船は、こちら側の人間と知り合いだったんですか?!」

「ああ。もう随分昔の話になるがね。盟約により、貴船があちら側の扉を守護してもらう代わりに、その助けとして、彼らの力を増幅できるようにしてあげたのさ」

「力の増幅? あの、貴船の守り石ですか? 楓さん、あ、貴船の本家の娘さんは、自分の力を引き出してくれる石だと言ってましたが」

「それは補助効果だね。あくまでも主な効果は、その人間が持っている力を増幅させることだ。貴船では、どこかで守り石の役割が変わってきてしまったのかもしれないね。石がなければ、力は使えないってね。そうだとすると、今貴船は大混乱だろうね」

「どういう事ですか?」

「鍵の塔が消滅したら、石も効力を失うようになってるんだよ」

「ええ!?」

「扉を、ひいては鍵の塔を守るための、力だったんだ。塔がなくなれば、石も使えなくなる。それが道理だろう?」

「そ、そうですが! 鍵の塔が壊れたのは、こちら側に過失があるじゃないですか! 貴船の根幹である力を取り上げるなんてひどい!」

「そうはいっても、貴船は長い間の平和に慣れ、扉がある部屋の傍まで、敵に侵入された。一歩間違えれば、あちら側から壊されていたかもしれないじゃないか。貴船の責任は重いよ」


 確かに。反論もできない。それでも。


「今回の侵入者が、扉の開け方を知っていたとは限らないじゃないですか。鍵の塔の壊し方だって!」

「本当にそう思う? こちら側の鍵が壊されたのと同時に侵入して来た者が、知らなかったと?」


 ヴァンに追及するように見つめられ、スミレは視線を逸らした。これ以上の反論は無理だ。


「貴船側の鍵の塔、扉も消えてしまっているんですね」

「そうだね」


 だとしたら、本当に大混乱だ。


「ちゃんと先祖より、石の役割を伝えきいていたなら、石がなくなっても、力は使える。使える力は遙かに小さくなるが。ただ、石がないと使えないと貴船が思い込んでいるなら、全く使えなくなっている可能性が高いね。思い込みというのは、こわいよ」

「じゃあ、今貴船家は」

「石を持っていた者、全員能力が使えなくなっているだろう」


 敵に侵入されたうえ、訳もわからないまま、扉と鍵の塔まで消え、果ては自分の異能力まで消えた。

 混乱も混乱。大混乱だ。

 そして、楓はより重く責任を感じているのではないか。


「貴船には今予知姫がいただろう。予兆もつかめなかったのか?」

「楓さんも異変は感じていました。ただここまで、予測できなかったんです。こちらにも、予知能力を持った人はいなかったのですか?」


 スミレは思わずむっとして言い返してしまう。

 するとヴァンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「いるにはいたが、妨害にあった。今思えば、この事件のためだったとわかる」


 とすると用意周到に計画されての実行だったのか。

 目的はわからないが、犯人は綿密な計画を立てていたらしい。

 なぜそこまでして鍵を壊したかったのか。


(と。いけない。いけない)


 口に出そうになった疑問を、スミレは慌ててやめる。

 これ以上深く関わったら、益々面倒になりそうだ。


(事件解決はヴァンさんを含め、もっと大人に考えてもらおう)


 自分のような部外者が首を突っ込んではいけない。

 そうそう。分をわきまえないといけない。

 そんなスミレの心情を見通しているかのように、ヴァンが嫌な笑顔を浮かべている。

 噛みつきたい気持ちをぐっと隠し、スミレは問うた。


「それで、私は何をすればよいでしょう?」

「新しい鍵の塔を作ってほしい。すでに材料は揃えてある」

「え? でも私は職人でもないですし、どうやればいいのかわかりません」

「素材の貴煌石は、女性でも扱える軽いものだ。塔の形は君の好きにしてよい。前の物をまねてもよし、全く違うものを作ってもよい。君たち側の人間が作る事が重要なんだから」


 そう言われても、工作は苦手だ。


「大丈夫。オムたちが補佐するから」


 引き受ける前に、再度確認する。


「鍵の塔ができれば、また扉を開封して、私をあちらの世界に帰してもらえるんですね」

「ああ、約束しよう」

「わかりました。頑張ります」


 鍵の塔を作る。作らなければ、向こう側には帰れないのだから。


「そうと決まったら、明日から取り掛かってくれ。完成するのが早ければ早いほど、君も早く帰れるからね」

「はい」


 ヴァンは満足げに頷くと、スミレをじっと見た。


「あの、まだ何か?」

「いや。こちらの気はあちらより澄んでいて濃厚だから、無理はしないようにね」

「はい。ありがとうございます」

「では私は失礼するよ。完成したら、また来る」


 ヴァンはそういうなり、さっと席を立ち出て行ってしまった。

 外交を担当していると言っていた。それは忙しそうだ。方針が決まれば、長居は無用と行ってしまうのも、仕方がない。


「外交官か」


 という事は、私の知らないところで、今も日本と接触があるのか。常に日本と繋がっている扉があるとヴァンは言っていた。

 こちらの世界でも国は一つではないようだ。とすると、他の国もスミレ達の世界との接点があるのか?


「よしましょう。私には関係ない事だわ」


 そうだ。自分が今しなければならないことに集中しよう。


「心配してるかな、片桐くん」


 知り合ってまだ数ヶ月。それでも自分を恩人と思い、懸命に守ろうとしてくれていた彼を思う。


「もっとわがままになってもいいのに」


 もっと自由に、自分の事を第一に考えていいのだ。

 それでも友達でいてくれたら嬉しい。


「一声かけてくればよかった」


 後悔の念に、ため息が落ちた。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。

評価、ブクマをしていただけると、大変大変うれしいです。

よろしくお願いします!

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